「 その線は水平線 」 より

わたしはタイトルを憶えるのが苦手で、よく印象的な単語のみで呼んでみたりする。

「上海蟹」からの「線」ーーーーーー。 
ドローイングはとても好きだ。

シンプルで率直。

いやいや、「その線は水平線」だ。


蒼く透明な、遠く向こうに続くのは、

「その線は水平線」

柔らかな90年代を思わせるラウドなギターの音色で始まる。ただ淡々と。しかし、とてつもなく優しい響である。自然であり、普遍的であり、聴いたことがあるようで無いような、そんな霞む水平線の歪みの音だ。

わたしはくるりの音楽に出会って、意識に変化を与えてもらった。くるりは着飾らない普通で当たり前のことを当たり前のように歌う。言葉を着飾らない。インスタが流行る昨今、プロカメラマンのような雰囲気を醸す画像が、いとも簡単にできてしまう。着飾ることは悪いことではない。けれど、タテマエの多い世の中、漏れなくわたしも、どうしてもタテマエの染み付いた意識に違和感を感じながらも、自然な姿を晒すことに抵抗を感じていたことは事実だった。今だにその部分が全てなくなった訳ではないが、少なくとも以前よりは、素の自分を大切に人の目を気にせずに生きられるようになってきている。

『ベランダには枯れた花』

「シャツを洗えば...より歌詞抜粋」・・・・

ありがちな日常の景色ではあるけれど、歌詞という表舞台の表現にふさわしいのだろうか?と、疑問に感じていた。けれど、着飾らないどこの家庭にもあるだろう日常の景色を切り取った言葉を、てらいなく当たり前のことのように表現したくるりの意外さに気づきを与えてもらった。おそらく岸田氏には、そんなことは特別なことではなく、目に留まったフォーカスに合った日常を切り取ったものだろうと思う。また、そうすることはごくごく自然なことで、何ら恥ずべきことではないのだろうと。

そういったごく当たり前の日常を自然に表現することを、さらさらと透明感を持って、より上質な表現に変えてしまう手腕は、ここ数年、本当に富に素晴らしいと思う。(わたしが言葉にするのはおこがましいけれど、、、。)

どこか素朴さを残しながらも、より感度の高い音質と普遍的なメロディーを奏でる「その線は水平線」は、着ぐるみを剥がされても、裸一貫でも、安心感と安定感のある頑として揺るがないベースラインから、息の抜くような間の空間を生み出す黄昏時の金管色は、極上な今のくるりなのだろう。

20年間の卓越した演奏技術や感度の高いセンスは、くるりならではないだろうか。(音楽のことはよくわからないけれど、お話を聞いて感じたところ、、。)

タイトル・・・「その線は水平線」という、ゆるく醸し出される独特なネーミングも、くるりのセンスを感じる。個人的には平行線でなくてよかったなと、安堵しているけれど....。

最後に、ラストの『 闇を切り裂いて 』という歌詞が、とても好きだ。



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ユニコ

モネに逢いたい

自分に向き合うための、得意ではない駄文です。
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