『常識』とは?

昔から、常識というものが分からなくて困った。
・汚い
・食
・美人
が私がなかなか理解出来なかった大きな三つである。
中1ぐらいからは一般的な感覚を習得したが、未だにどこか分からないものである。

・汚い
例えば水が床に溢れるとみんな汚れた、汚いっていうのが謎。
コップに入った水も床にある水もまったく同じはず。
そのもののある場所によって汚い綺麗が変わるのは何故なのだろうか。汚いとは?
小学3年の時の私の考えていることはこれだった。

うんこが汚いのも謎だった。みんな自分が食するものは全て綺麗である。その綺麗なもので出来たうんこは何故汚いのか。
母親に聞いたら、質問内容に怒られた。汚いから汚いのよとしか言われなかった。


不思議な事にこの汚いという感覚をみな不思議な事ではなく当たり前として頭の中に組み込んでいるのである。
だから、私はみんなが言う一つ一つの汚いものを学んでいった。
床に落ちた物は基本的に全て汚いらしい。
ちなみに、その床の清潔度はあまり考慮されない。


・食
後学として知った事は食べることが楽しいと言うことである。
小3ぐらいの時にはたと、気づいた。
ご飯を食べるのは生きる為や、お腹が空いた状態から回復する為だけでは無いらしい。
グルメリポーターがまいう〜など言っている理由がわかったのもその時だ。
今でも食に関する考えは
栄養バランスを考えながら毎日しなければならないめんどくさい行為である。
お腹さえすかなければいいのになと思う。

・美人
テレビに映る女優が美人かどうか分からなかった。
というより、これが共通認識の美人か、と思っていた。


今でも顔は機能が動けば配置は何でも良いと思うし、他人の容姿を特段気にしない。
世には美人な歌手が多いのを思うと、人は才能に対して顔も求めるのか、変な考えだなと思っている。


他人の認知と自分の認知の違いに今でもよく悩まされいるし、なんでこんなに合わないのかよく分からない。
自分は外国に住んでいるのでは無いだろうか、私に母国など無いのでは無いだろうかと考える事がある。
しかし、自分が日本で生まれ育った日本人ということは変えられないし、一生日本という国と付き合わなければならない運命を悲しむ。
気があう人に会いたいものだ

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