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熱中症⑧~予防 3~

水分補給の重要性

環境温によって体温が上昇すると、大量の汗とともに体の水分が失われていきます。生体は血管内容量の低下、血漿浸透圧の上昇を感知し飲水行動を促します。これが「口渇感」の正体です。

体の水分が体重の2%以上失われていくと、運動能力が低下していくことが解っています(文献1)。

ここに到ると、もともと筋力の弱い小児や高齢者は飲水行動さえ起こすことができなくなり、さらに脱水が進行することになります。こまめな水分摂取によって、体温低下の効果もあり、積極的な水分補給が薦められている所以です。

水だけ飲めばいいのか?

汗は暑熱環境下における水分喪失の主な原因のひとつです。汗に含まれるナトリウム(Na)量はばらつきがあるものの、10-70 mEq/Lといわれています(文献2)。1000 mL 汗をかくと、約1 - 7 mEq  Na の喪失がおこります。NaCL 1g あたり、Na = 17mEq ですから、汗 1L 当たり、0.06 - 0.4 g 程度の NaCL が喪失することになります。

大学生のバレーボール選手を対象にした研究があります(文献3)

8月の今の時期、WBGT 22 度前後での記録ですが、汗の産生量は 体重当たり約 12 g / h、体重 60 kg とした単純計算で、発汗量は 720g / h,   NaCL 40 - 300 mg 分の Na が喪失することになります。

つまり、大量の発汗によって、水分とともに Na そのものは体の中から喪失していく状況で、水分だけ摂取すると血清 Na 濃度が低下していき、低 Na 血症を引き起こします。

このため、塩分を含んだ水分の摂取や塩タブレットによって補給をする必要がありますが、近年塩タブレットについては、その効果を疑問視する意見もあります。

運動に関連した低ナトリウム血症

労作性熱中症では、過剰な水分摂取にともなって、抗利尿ホルモンである ADH が異常に分泌される病態が知られています。水分喪失量を上回った水分摂取をしたうえで(体重はむしろ増加傾向にあるにもかかわらず)、ADH の分泌が増加すると、さらに水分が貯留傾向になります。Na の喪失に加えて、水分の貯留傾向が重なって、さらに 低 Na 血症が進行し、重篤な症状を来すことがあります。治療が水分補給とは真逆になりますので、病態として抑えておきたいところです。

で、結局どうすれば?

水分だけ取っていると低ナトリム血症が進行し、場合によっては「運動に関連した低ナトリウム血症」に発展することから、適宜の塩分と水分の補給が必要になります。こどもであっても、運動中に本人たちに喉の渇きに併せて適宜水分を取らせると、体重減少を2%以内におさめられることが解っています。逆に言えば、この水分摂取が妨げられる状況になると、脱水が急速に進行することになります。

「運動中の飲水制限」はもってのほかですが、自分で水分をとれない状況にあるひと(寝たきりの人や乳幼児)には特に注意して水分摂取を促すことが必要です。

Na の喪失を補うためには、Na と ブドウ糖を 1:1 の割合で摂取することで腸管からの Na の吸収が促進されることが解っています。この意味において、市販のスポーツドリンクは塩分量が少なく、糖分の量が多いことを認識しておく必要があります。

この点を考慮して設計されているのが、近年広く普及している、OS-1 (大塚製薬)になります。

【参考文献】
1. Yoshida et al. Eur J Appl Physiol, 2002, 87: 529-534
2. 日本救急医学会 熱中症診療ガイドライン 2015
3. 丹羽健市ら、体力科学 1996; 45: 151. -158
4. Temara HB et al, Frontier in Medicine 2017; 4: Article 21



小児科、小児集中治療室を中心に研修後、現在、救命救急センターに勤務しています。 全てのこども達が安心して暮らせる社会を作るべく、専門性と専門性の交差点で双方の価値を最大化していきます。 小児科専門医/救急科専門医/経営学修士(MBA)/日本DMAT隊員/災害時小児周産期リエゾン