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会えなくても出来ること

2022年1月、数年前までお正月になると親の実家に帰省することが我が家の伝統行事だった。

しかし、時が経過し、少しずつ取り巻く環境も変わり、近年は父親のみが帰省し、ご挨拶とお墓参りをするようになった。

私や母親が帰省に参加しない理由については長くなるので割愛させていただくが、父親は毎年帰省しているし、お盆の時も顔を出してもらっている。

親戚や近所付き合いが希薄化していく昨今、我がファミリーはなんとかその縁を結び続けている。


お正月の集まりでは一つの家に親戚一同、会するのだが、

最近は私のいとこにも家族が出来て、子供が出来た。

年々、その数が増えていき、父親が帰省時に撮影した写真や成長過程を見る度に「かわいいなぁ」と思う。

私が幼少期の頃も「こんなんだったのかなぁ」と考えるが、それだけ多くの人々に支えられ、期待されていたのだろう。

だからこそ、今度は自分が面倒を見る番だと恩返しの気持ちが募る。

しかし、離れていても気持ちを伝えられたり、思っていることを伝えることが出来ると思う。


お年玉に替わるもの


お正月といえばお年玉。

私も幼少期、その一大イベントが楽しみで正直、帰省するのも親戚からお年玉を貰うことが理由だったところはある。

勿論、そのお年玉のおかげで様々な経験と勉強が出来たのでとても感謝していることに変わりはない。

私はお年玉を渡す前に自分の生活を維持するので精一杯だったので“お金ではない物”で何かしらプレゼントしたいと思った。


ちょうど、私の働いている雑貨店で廃棄になる前の余分な商品があり、「これだ!」と思った。

子供たちに人気のキャラクターをモチーフにした商品であり、「これなら子供も好きだろう!」と思った。

しかし、単品だと寂しい印象だったのでクリスマスプレゼントのように幾つかの商品を袋詰めし、父親に渡した。

帰省は出来ないけどしっかり喜んでくれたみたいでホッとした。

私に出来る些細なアクションだったが喜んでくれて嬉しかった。

今の私にはこれぐらいしか出来ないけどいつかは毎年のように親戚の子供たちにお年玉を渡せるようになりたいと思ったのと、

離れていても「遠くから成長を見守っているよ。」と気持ちを伝えることが出来ることを再確認した。

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