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'Jonathan Agassi Saved My Life'

'Jonathan Agassi Saved My Life' dir. by Tomer Heymann, 2018

 米国、ニューヨークが本拠地のゲイポルノビデオメーカー「Lucas Entertainment」でスターだったジョナサン・アガシのドキュメンタリー。今年3月のロンドンLGBTQ映画祭における上映に際してattitudeに掲載されたインタヴューによると、この映画は「今から4〜5年前の出来事で終わっている」とのことなので2014〜2015年頃に撮影終了したことになる。Lucas Entertainmentで彼が出演したビデオの発表年を確認するとジョナサン・アガシの活動時期は2009〜2014年なので、映画の中の時間軸は既に大ポルノスターであった時期から引退まで、ということになる。ビデオ男優としてスターになるまでの経緯は駆け足でダイジェストされ、作品中には例えばポルノビデオ撮影現場に潜入取材、みたいなシーンはほとんどないが、クラブイベントでのセックスショーに出演する際のシーンはけっこうある。

 この作品の企画が最初はどういったものだったのかは判らないが、監督はジョナサン・アガシと同じくイスラエル出身の、かつゲイでもある人なのでそうした縁で始まったものかも知れない。ともあれ、ゲイポルノ業界のバックステージというよりもジョナサン・アガシ本人のライフヒストリーにフォーカスした作品ではある。が、正確な事実関係についてはこの映画よりも前掲したattitudeでのインタヴューの方がよほど具体的だ。ゲイポルノスターとして束の間頂点で輝き、そしてそれ自体の重みで崩れていくまでの数年を、解説抜きに見せていくスタイルを取っている。

 映画は主に仕事のために住んでいたベルリンと、故郷イスラエル(テルアビブ近郊)を往復する形で進行する。イスラエルには彼の母親と兄妹が、ベルリンには彼ら家族を捨てた父親が住んでいる。あくまでジョナサン(ヘブライ語での本名は「ヨナタン」で、姓も「アガシ」ではない)側の視点からのみ描写されるのではあるがこの父親はかなりロクでもなく、子供時代の彼を「オカマみたいな真似はやめろ」とか言ったり当時の愛人女性に息子を誘惑させようとしたり、「母親がお前を産んでから鬱になったのはお前が女の子じゃなかったからだ」とか言ったりする。片や母親は常に彼を受け入れ、ゲイであることもポルノ男優になることも含めて全肯定してくれる存在として描かれる。この母と息子の関係は安易に「共依存」といった恐ろしげな用語を想起せずにはいられないほどに密着している(息子がゲイなのでよもや性的な関係には陥らないだろう、というのがギリギリ保険として掛かっている)。ジョナサンが「I'm your man.」と言うと母親が「Yes you're my man, but you're also my child.」とか返すシーンがありましたが観ている自分にはうわヤベえもんを観た、という感触が確かにありました。自分にとって喜ばしい存在ではなかった父親に成り代わり、自分(及び母親)のためにその不在を埋めようとする息子、とでも言いますか。それが正しい見立てかどうかは兎も角、映画はそうした観せ方をしていたのは確かでした。

 加えてジョナサンの薬物依存についてはかなりのシーンが割かれる。インタヴューで語っている(映画の中では明示的に語られない)ところでは、彼もポルノ男優として最初の頃はストイックに薬もアルコールも節制していたのが次第にポルノ業界の環境に呑み込まれるようにドラッグを始め、やがてエスコート(娼夫)としても働くようになってどっぷりと浸かってしまったという。件のインタヴューにはこんな一節がある:「‘most of the time the client wants to do drugs with you.’(多くの場合、エスコートの客はドラッグを使いたがる。)」ポルノ男優として有名になればエスコートサービスで高値がつけられるから稼げるよ、という形でビデオメーカーなどに誘導されるらしいのだが、こういう構造はどこでも同じなのかも知れない。ともあれセックスドラッグを含めた各種薬物に侵されたジョナサンの姿は随所に捉えられる。路駐の誰かの車のボンネットの上で寝たり、自室で奇声を上げてのたうち回ったり、セックスショーの舞台に向かう途中で急にしゃがみこんでパイプを炙ったり、或いは勃起を維持するために性器に注射を打ったりもする(「これは後でとてもキツくなる」と彼のナレーションが被さる)。ジョナサン曰く監督は「薬をやらない人」だそうで、オフになった状態の音声で恐らく監督が「ジョナサン、ジョナサン大丈夫?」と気遣うシーンがいくつかあるのだが、酔っ払いを介抱するののすごいヘヴィーなやつだ、と思うと自分にも他人事ではないなと思いました。

 やがて、というのは恐らく2014年のことだろうが薬物使用を理由にLucas Entertainmentは彼を解雇する。「会社は何かサポートはしてくれましたか?」というインタヴュアーの問いに「全然、何にも!」とジョナサンは答えている。ジョナサンがインタヴューの最後で言う「『オーケイ、君はドラッグを使った。別な人間と替えよう。』――誰もが代替可能なんだ。だって世の中にはいくらでも代わりとなるホットな男が居るからね。」の一言が重い。そうして半ば強制的にイスラエルに戻されたジョナサンは、母親と監督の助けを借りて薬物依存から抜け出し(今は別れてしまったが、その頃に付き合った男性の存在もポルノ産業と薬物から手を切る為に大きかったとのこと)、現在はテルアビブ郊外のスーパーマーケットで働いているという。ポルノ俳優としては飛び抜けた才能を持ちながらも、残念ながらそれを仕事として続けるために必要なタフさ(これはこれでまた別の能力)は持たなかった青年の栄光と転落についての話、とまとめてしまえば余りにも冷たい。が、赤の他人がそれ以外に何を言えるというのだろう。

'Jonathan Agassi Saved My Life' 予告編

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