放課後 校舎の 片隅で(改訂版)

放課後 校舎の 片隅で             
                             アオイヤツ

これは一冊のノートにつけられた記録。
甘酸っぱい思い出が詰まったものでもなく、書かれたものの運命を支配するノートでもない。3冊100円で買ってきた安物の安物ノート。1人の生徒が書いた部活動の記録。
決して面白いものでもなく、ただ無聊なる日々が綴られているだけ。

何故『彼』はこのような記録を付けたのであろうか?
それは恐らく理屈ではない。筋道の通った論理はなく、明確な理由はない。たとえ本人に問いかけたとしても黙って首をかしげるだろう。そんな意味も価値もない記録。
だからこそ、私はこの記録をここに残す。

――願わくば、この記録が誰かの心に響きますように。


『もう一つの世界』について

バン!!
「本日の議題です!」
「はい!」
 先輩がホワイトボードをバシバシと叩く。そこには『もう一つの世界』の文字が黒々と書かれている。その字はとても太くて角ばっていて一言で言うと男らしい。それを書いた先輩は可憐な女性なのに。
「さ、これの意味はわかるかな?」
 問い。辺りを見回す。この教室にいるのは僕と先輩の二人だけだ。つまりこの問いは僕への問いだ。考えてみる。
「もうひとつのせかい」
 読みあげる。わからない。質問の意図がわからない。
 もう一度ホワイトボードをじっくりと眺める。『もう一つの世界』と書かれている。その他にはなにも書かれていない。
「……」
 先輩はこちらを見ている。困っている僕を嬉しそうに見下ろす。とにかく何か答えなくては話が進まない。こちらが間違った答えを言って、それを直すのが先輩のスタイルだ。
 速やかにホワイトボードから何らかの解を見出す必要がある。なめまわすように白磁の様に美しいわがままボディから白鳥のように繊細な足先までじっくりと見つめていく。
(書いてある文字はこれだけだ)
 ボードが2枚あるわけではない。表面が剥がれて裏から黒板が現れるような仕組みでもなさそうだ。あぶり出し、という可能性も否定できないけれど果たしてホワイトボードであぶり出しは可能なのだろうか。
(ん? いまのは……)
 ホワイトボードがきらりと光った。僕は見逃さなかった。
 椅子を立つ。ホワイトボードの正面へと移動して、首をひねってみる。角度を変えて色んな方向から眺めてみる。チューチュートレインでぐるぐると色んな方向からのぞき込んでみる。すると文字のようなものがうっすらと見えた。僕はそれを読みあげる。
「マントラポポ半島で僕と握手」
「……なにそれ?」
「マントラポポ半島で僕と握手」
「後輩がおかしくなった」
「ホワイトボードのここに書いてあるんです。ほら、ここから見たら光の反射でうっすらと見えるでしょう」
「それ、ただの消し忘れだわ」
 先輩がイレーサーを叩きつける様にして文字を消す。つーかマントラポポ半島ってどこよ、というつぶやきが聞こえた気もする。
 パンパンと手を叩き、先輩は軽くため息をついた。
「いいから、座りなさい」
「はい」
 先輩に言われて着席。
「もう一つの世界とは何か、と私は聞いているんだよ」
 僕は頭に浮かんだものを答えた。
「マントラポポ半島のことです」
「違う」
「じゃあ、わかりません」
 流れるように降参した。
 先輩は「ウム」と満足そうに頷くと、ホワイトボードを横へ動かした。その後ろにあったのは妙に分厚くて重量感たっぷりのテレビ。さらにそのテレビから伸びたコードに白と茶色のちいさな箱が繋がっている。
「これが何かはわかるね?」
「親父に聴いたことあるような。ファミコん(以下、FC)とかなんとか」
「みなまで言うな。それではさっそくやってみよう」
「はい!」
 さっそく箱の前にしゃがみ込む。で、なんだこれ。先輩が箱の左右の部分を取り外す。スマホよりも一回りちいさいぐらいの板になっており、そこから箱へとコードが伸びていた。
「これ、コントローラー。ケーブルが短いから気を付けてね」
 イスを引っ張ってきてテレビとの距離を調整する。
 ここで先輩から一言。
「ゲームをするときはテレビとの距離を1m以上開けて、長時間プレイするときは休憩をはさんでね」
 FCの隣にケースに入った四角いものがあった。片手で持ったら手のひらでしっくりくるサイズ。材質は少しひんやりとしたプラスチックの箱状の何か。見た目より軽いそれ、動かすと中から何かカラカラと音がする。
「これはなんですか」
「これがカセット。ほら、有名なヒゲオヤジが書いてあるでしょ。今日は有名なヒゲオヤジの1作目をプレイするわよ。次世代の機種まで延々と続くヒゲオヤジの戦いはここから始まったのよ」
「代々続くヒゲオヤジって嫌な響きですね……」
 先輩はカセットを手に取ると「ふっ」底の部分に息を吹きかけてから、箱の上の茶色い部分に押し当てる。茶色の部分はフタだったらしく、上から押すと横にスライドして開くようになっていた。開いたその隙間の奥へとカセットを強く押し込んだ。
 その横の出っ張りがスライド式のスイッチらしい。先輩がスイッチを動かすとガチリと重い音がした。
「うわ」
 テレビ画面にはやたらとカラフルな細い線がたくさん表示された。とても目に悪い光景。しかも何やら蠢いている。さらにブーという変な音も聞こえる。
「先輩、これ壊れてますよ」
「こーいうもんだから」
 先輩がFC本体の大きなボタンに触れた。これもスライド式になっていて、少し重いらしい。ガンっと大きな音がしてスイッチが押し込まれる。するとその反動なのか刺さっていたカセットがポンっと飛び出した。
「おお。おもしろい」
「今思えばアナログだよね。結局、力ずくで引っこ抜いてるのと同じだし」
「こうしてみると技術の進歩って凄いものですね」
 先輩は再びカセットを手に取ると「ふーっ」また裏側に息を吹きかける。息を吹く前にハムスターのように膨れる頬を見ていると、先輩が十歳ぐらい若返ったように見えた。小学生の挙動ですもん。
「その息を吹くのってなんですか?」
「おまじないみたいなもんかな。ホントはしない方がいいらしいけど」
 カセットを再びFCの中に。
「カセットは押し込み過ぎないこと。そして全体を水平にするのが上手く接続するコツなんだよ」
 などと言いつつ微調整をする先輩。なんで詳しいのだろう。FCなんて30年以上前に発売したもののはずなんだけれど……。
 カセット位置に満足した先輩が再びスイッチをオン。
「ぽちっとな」
 ブンっという音と共にテレビ画面に数本の光の線が走る。その線が左右に数回ブレた後、焦点を合わせる様に歪みが収まる。するとそこには青赤緑の広がる別世界が映し出されていた。飛んだり跳ねたりしているちいさなキャラクターが左から右へと走っていく映像。画面の真ん中にはヒゲブラザーズの文字とプッシュスタートと書かれていた。
「おっけー」
 先輩がガッツポーズをしているので拍手してあげた。ぺちぺち。
「これ、爺ちゃんの遺品にあったんだよね。その後ずっと倉庫にほったらかしになってたんだけど。いやー、意外と動くもんだね」
「行き当たりばったりだ……。このテレビもそうなんですか?」
 画面はそこまで大きくないけど、かなり分厚いテレビだった。今のテレビと比べたら重量感がすごい。
「そうそう。いや、流石にテレビを運んでくるのは大変だったけどね。昔のテレビって無茶苦茶重いんだよ」
「わざわざ家から持ってきたんですか」
「うん、セバスが……。ゴホン。なんでもないよ私ががんばったんだよ。超がんばって運んだよ。いやー重かったよね」
「ええと、おつかれさまです」
 そういえばこの人は家に執事がいるガチお嬢様だった。ありがとう、心の中でセバスチャンにお礼を言っておく。ちなみに何度か会った事もあります。
「じゃあ取りあえず、やってみようか」
「はい」
 コントローラを手に取る。
 ぴこーん。ボタンを押すとテレビから小気味のいい音がした。

 10分後

「なんで泳ぐ効果音がふよふよなんでしょうか」
「それならジャンプのぴょいーん音のほうがおかしいと思うよ」
「確かにそうですね」

 30分後
「これってステージいくつまであるんですか?」
「8-4かな」
「ってことは32個あるんですか」
「1つずつが短いからね」

 1時間後

 どーんどーん。
「ぬるっとしたキャラクターの動きと飛んでくる敵の配置が絶妙過ぎてどうしてもクリア出来ない!」
「はっはっは。私に任せなさい」
「それ、絶対クリア出来ないフラグじゃないですか」

 2時間後
 ずきゅずきゅずきゅ。
「正解の土管を見つけるまで、何度も戻り続けるってことですか」
「あの土管入ってないんじゃない?」
「壁の向こうにあるんですけど、どうやって行けば……」
 
 だだだーん。
「お、アレが噂のカメ将軍ですね」
「ずっと飛んできてた炎を吐いてたのも全部コイツだったのか。よく考えられた演出なんだな」
「これをくぐり抜けて奥に進めってことですか。炎をくぐって、跳ね上がる溶岩を避けなきゃいけないのか。なかなかタイミングが……」
「いま! ああ遅い」「そこ! うわ、危な」「お、お、いいんじゃないの。ほら! いける! おお! 行った行った!」
 どどどどどどど。橋が落ちて、カメ将軍は溶岩の海に沈んでいく。悪は滅びた。ヒゲオヤジはテテテという効果音と共に勝手に進んでいき、背の高い女性と抱き合ってゲームクリアー!
「ふう。先輩、終わりました」
 これで2時間以上に渡る戦いに終止符が打たれたのです。
「どうだった?」
 先輩の問い。ゲームクリアの興奮冷めやらぬ僕はハキハキと答えを連ねます。
「素晴らしい作品でした。基本的にはダッシュとジャンプしか出来ないんですよ。はっきり言って超単純な動きの繰り返し。しかし、単純な中に飽きさせないための工夫を精一杯散りばめてありました。クリアした時に花火が上がったりすると嬉しいですし、隠しブロックに気付いた時の感覚はなんとも言えない充足感。ステージによっては背景が夜に変わったりする演出も憎い。だいぶ進んで来たんだなーってこみ上げるものがありますね。考えてみたら背景の色を少し変えるだけなんですよ。たったそれだけの事だけど嬉しい。もっと頑張ろうと思える。段々上がる難易度も数回失敗したらクリア出来る絶妙な難易度。素晴らしいゲームでした」
「う、うん。思った以上に楽しんでもらえたみたいでなによりだよ」
 先輩が若干引いている。少し落ち着こう。
「さて、ここからはいつもの部活に戻ります」
「先輩」
「なにかな?」
「これ、部活だったんですか」
「部活です。間違いなく部活です」


もう一つの世界より『放課後 校舎の 片隅で』
今の作風で改訂した版です。

続きは次回の更新で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?