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20歳から今までの私を振り返る

今日は、成人式を行うところが多くて、私の住んでいるところでも、成人式が行われたようです。

今4●歳の私は、もう20年以上(30年はいっていない)前に20歳として、成人式に参加して、振袖を買ってもらって、写真撮影もしました。

当時の私は短大生で、就職先も大手企業に決まっていて、成人式の時は多分、青春時代の中で一番輝いていたかもしれません。

短大を3月に卒業し、4月から社会人。
1ヶ月半の研修後、配属されて遮二無二働いたけれど、今でいう「パワハラ」を受けて2年2ヶ月で退職しました。

今でこそ、パワハラやセクハラなどハラスメント(嫌がらせやね)は問題視されて厳しくなったけれど、私が若い頃から本当はたくさんあった。その事実が表舞台に出なかっただけです。

その後、よく考えれば3回転職をして、3回目のところで7年間在籍して、主人と出会い、結婚退職しました。

ツイッターで「脱社畜」「転職」「ブラック企業」という文字が出てきているけれど、私に当てはまる言葉といえば「転職」「ブラック企業」は当てはまるでしょう。

だから、今ネット上で大騒ぎしているけれど、私からすると修羅場を超えてきた人間としては、「あー、こういうことがあったなぁ」と冷静に見てしまうんです。

ただね、20歳の時はすごく何もかもが輝いて見えていたし、自分の人生は思うように行くと勝手に考えていました。それは、若気のいたりというもので、自分勝手に楽しく物事を考えていただけ。

実際に世間というところに、一人でポーンと出ると、自分の若さと考えの至らないところを、知って行くわけです。
会社や世間で得た「苦い経験」「甘い経験」をどう生かして行くかということで、今後の世界は変わるんだと、この4●歳になる間に知らされました。

そして、結婚して子供ができると、人生のアップデートが始まります。
自分の人生の成長だけでなく、「子供を育てる」ということが始まります。妊娠中は、お腹の赤ちゃんに気をつけながらも「どういう子供が生まれるのかな?」とワクワクと調子に乗ってしまいました。

実際に我が子が生まれると、自分が想像していたことと違うことが、体と心に発生して、我が子が生まれて嬉しいはずなのに、毎日毎日泣いての育児がスタートしました。

その時に、精神疾患とホルモン異常が始まっていて、治療が遅れたために、現在にも影響が出ているのですが、それでも、今もこうしてnoteを書くことや、仕事や家事ができるのは、「生きてりゃなんとかなるさ」という考えからです。

そういう考えになったのは、五木寛之さんの本に影響されたところはあります。仕事で書評を書く仕事を引き受けた時に、たまたま五木寛之さんの本に出会ったことがきっかけです。

今でも、繰り返し読んでいる本なのですが、「ただ生きて行く、それだけで素晴らしい」という本の題名に、惹かれて、「そうや! その通りやな」という簡単に魔法にかかったかのように、人生について考え直して見ました。

子育てだって、今娘が反抗期に入って、よく喧嘩をするようになって、落ち込む日々が続いています。さらに、まだ病気だって治っていないけれど、仕事や家事は続けていかなければいけない。

時々、生きていることに絶望を感じることだってあります。

それでも「生きていることが素晴らしい」と言い聞かせて、踏ん張っているわけです。

きっと、この今までのことは、きちんと何かの形で報われるって思ってなきゃ、人生楽しめないでしょ?

だからね、輝いていた時を振り返りつつ、今は前を向いて歩くのみで、あとで「あー、これでよかったよ」と思える生き方を、私はしていきたいです。

まとまりが悪いようですが、これにて失礼します。

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