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うどん屋の娘

男:旅先で海を感じながら食べるっていうのがいいよね。
なにより、「島のうどん屋」ってのがいいよ。それだけで情緒を感じるもん。でもそうやってうどん屋でちゃんと子どもたちを立派に育て上げたっていうこと自体がもう素晴らしいよね。

兄弟はいるの?へえ、弟がいるんだ。じゃあ親はふたりの子どもをうどんで育てたんだもんなあ。すごいよなあ。

女:うん、うち、どうやら独立志向があるみたいで。

最初はお父さんの弟がひとりで食べ物屋をやってて、それでお父さんも一緒にやろうとしたみたいだったんだよね。それが、私が小学校に上がるか上がらないかくらいのとき。
で、いまでもはっきり憶えているのが、お父さんとお父さんの弟が喧嘩して、お父さんがお父さんの弟をぶん殴ったの。もう、目の周りがマンガみたいに青々としていて!ほんとすごかった。

男:うどんでぶん殴ったわけじゃなくて?そりゃあ随分とまたコシのあるうどんだ。
いやいや、茶化してるわけじゃいないんだけどさ、(取り繕うように、話を変えるように)じゃあ、それでお父さんはひとりでうどん屋を始めたってわけなんだ?でも、いきなりうどん屋を始めて、まあつまりそのうどん屋が「当たった」ってことなんだねぇ。

女:「当たった」っていうかね、運がよかったの。なにがっていうと、うどん屋の隣にちょっと大きな公園があったんだけど、どういうわけだったか、その公園に「キンカイ」が展示されたの。

男:「キンカイ?」

女:そう、金の塊の金塊。それがちょうどうどん屋ができてすぐに公園で展示されて、急に観光客が増えてね、旅行会社の島ツアーのルートにも金塊を見るのが加わったりして。うどん屋は公園の隣だったから、滅茶苦茶お客さんが来てさ。そういうこともあって。っていうかさ、お母さん、今もう結構トシなんだけど、今でも毎日3時間しか寝てないの。

男:えぇ?3時間?それは短すぎるでしょう。

女:うん、今はうどんだけじゃなくて、巻き寿司も作ってて、私の弟が売り先を開拓したりして、あちこちで売ってるの。でもね、弟がバカで仕方がなくて、今バツ2なの。

しかもふたりの奥さんに2人ずつ子供がいて、子どもが合計4人もいるの。最初の結婚はともかく、二回目の結婚が、別れてから一年たたずにできちゃった結婚で、それで生まれたのが女の子。そこからなにを思ったか、うどん屋の跡継ぎの男の子を欲しがって、めでたく男の子が生まれたんだけど、それからすぐ別れちゃって。

それで結局弟のところには子どもは一人もいないの。跡継ぎを作ったつもりが、その跡継ぎもいなくなっちゃった。

(ソリャマタ、ズイブントコシノツヨイオハナシデ…)

■発起人として、がんばってます。中学生高校生と取り組む、「問い」を起点に地域を発信するプロジェクト『房総すごい人図鑑』


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