釣られ人

わたしの夢は小説家だ。
去年から一人暮らしをはじめ、フリーターをしている。
日課は散歩。
それから、道の途中にあるおじぞうさんにお参りをすること。

「なんのためにお参りをしているの?」

声の主は少女だ。
なんのためと言われても、特に考えたことはなかった。

「わからないよ」

「ふーん……そう。ついてきなよ」



「……ちょっと」

こんなところに道があったのか。
折れ曲がった標識。謎のお店。なにが売っているんだろう。
だんだんと森の中へ入る。

「きみは?」

「……」

「どこへいくの?」

「……」

少女は振り返り、にやりと笑った。

「きくことはそれだけかい?」

「えっと……」

しばらく歩いた先に池があった。
石の椅子。その横には木の釣り竿が置いてある。
少女はそこに座った。
わたしもそこに座った。

「釣りをしてくれと言わんばかりだ」

「そう、ここは釣りをするための池だよ。ほら、釣ってみてね」

「きみは釣らないの?」

「わたしは案内人だから」

案内人……?
魚は簡単に釣れた。

「やけに簡単に釣れるね」

「そうだよ。ここは釣りをするための池だから。この魚たちは、釣られることが目的の魚だよ」

「そうかい……」

いや、どういうこと?

「その魚の中身はね、空洞になっているんだ。決して食べることが目的じゃあないからね」

空洞。まるでわたしみたいだな。
なんのために小説を書いているのか、最近はわからなくなっていた。
わたしは大量に魚を釣った。

「ねえ、この道なき道を、それでも道沿いに進むと村があるんだ。一度いってみるといいよ」

「……わかった、いってみるね」

「気をつけて」

「うん」

小説を書いていていきづまると、散歩に出かけたくなる。それがいつしか日課になっていたわけだ。
それにしても、今日の散歩はなかなか変わっているな。
少女に言われた通り村に向かう。
……村にいく目的はわからなかった。

「まあ、村というか、村だった場所だけどね」

村についた。
静かな村だ。あまりにも静かで、ここには生き物がいないのだと思った。

「廃村だ」

風が冷たくなってきた。
雲が出てきたんだ。
でも、もうすこし散策してみる。
家も田んぼも荒れ果てている。
昔は自給自足の生活をしていたみたいだ。
沼がある。
いかだがあったが、ボロボロで使えない。
ふと、少女の言葉を思い出す。

「なんのためにお参りをしているの?」

「そう、ここは釣りをするための池だよ」

「この魚たちは、釣られることが目的の魚だよ」

ここには釣られるための魚がいない。
きっとここは、目的を失った村だ。
嫌な汗をかいた。
気がつくと、沼の水が足下までのびてきていた。
水量は一気に増して、すぐに足がつかなくなった。
まずい……沼にのまれた。
いかだもこわれている。
でも、岸に戻れたとして、なんのために生きていくんだろう。
沈む。

わたしの生きる目的。
小説を書く目的。
散歩をする目的。
おじぞうさんにお参りをする目的。
わたしが生きて、死ぬ目的。

「うるさいなあ!目的目的って!」

生きていくために、そんなに必要だろうか。
ただ生きていてるだけではだめなんだろうか。
力いっぱい叫ぶ。
すると、沼の水はみるみるひいていき、足は地面をつかんだ。
はあ……はあ……。

帰り道に少女の姿はなかった。
どこにいったんだろう、あの案内人は。
おじぞうさんのところまで戻ってきた。
お参りをしてみても、目的を問う声はない。
日も暮れはじめているし、もう帰ろうかな。

「帰ったら、また小説を書こう」

すこしは捗るだろうか。

「がんばってね」

少女の声が聞こえた気がした。
わたしは心の中で、がんばるよと言い返した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?