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アポロから超小型衛星へ〜宇宙には人類の哲学を高める力を持っている

現在、宇宙開発の第一線で活躍している技術者や科学者の中には、50年前にアポロの「洗礼」を受けてこの道を選んだ人が多くいます。小野雅裕さんの恩師である東大の中須賀真一先生もその一人。今回は小野さんが Skype 越しに中須賀先生にインタビューし、アポロの思い出から現在のキャリアに繋がるまでの紆余曲折、そして未来のビジョンについて語ってもらいました。

アポロの洗礼

「おう小野くん、なかなか頑張っているみたいだね。」

Skype の向こうには、15年前と何も変わらない、軽快な関西弁で話す中須賀先生がいた。

宇宙に興味があって中須賀先生の名を知らない人は、おそらく日本にいないだろう。東京大学の中須賀研究室は2003年、世界初ではじめてキューブサット「XI-IV」の開発・打ち上げ・運用に成功。キューブサットとはたった10cm立方の人工衛星だ。すべて学生の手作りである。当時、僕は大学3年生だった。あの時の興奮を今でも覚えている。翌年の研究室配属の時、僕は一点の迷いもなく中須賀研究室を志望した。

授業中に中須賀先生がアポロの思い出を語っていたのを、僕はうっすらと覚えていた。それを、もう一度話してもらった。

「1969年の7月だから、8歳の頃だったよね。着陸した時の放送を見ていた記憶を見ていた記憶がなんとなくあるんですよ。朝の5時くらいだったかな。交信の最後に『ピー』って鳴るでしょ。あれがものすごい頭に残っているんだよね。」

だが、記憶に残っているのは着陸よりむしろ技術的なトレビアだったそうだ。アポロが38 万km先の月から帰還して地球の大気圏に再突入する際、その角度は、1、2度ほどの誤差しか許されない。深すぎたらアポロは分解する。浅すぎたら宇宙へ弾き返される。

「それがめちゃくちゃ印象に残っているんだよね。もう怖くてね、(着陸から帰還までの)二日か三日、眠れなかった。だから僕にとってはじめての宇宙の体験は『怖い』というイメージなんだよね。」

そして同時に、38万km先からナイフのエッジほどの角度に入れる技術を「ありえないほどすごい」と思った。「工学に対する畏敬の念が生まれた」そうだ。

翌年、大阪万博があった。アメリカ館の目玉は月の石である。中須賀少年は4時間並んでそれを見た。二度も行った。「強烈だった」と言う。

「あの頃、アポロが帰ってから1年くらいは、もう世界中がそれで持ちきりだったよね。」

そう懐かしそうに振り返る中須賀先生をSkype越しに見ながら、羨ましい、と僕は感じた。

宇宙を一回捨てた過去

アポロの洗礼を受ける前、中須賀先生は飛行機少年だったそうだ。アポロの後も飛行機は好きで、「Uコン」という有線式のラジコン飛行機を作って遊んだりしたそうだ。

最終的に宇宙を選んだのは大学に入ってからだったという。理由の一つは宇宙論に魅せられたから。もう一つは、大学1年の時に日本で放送された、カール・セーガンの『コスモス』に「やられた」からだ。下宿には白黒テレビしかなく、毎週カラーテレビを持っている友達の家に上がり込んで見た。

だが、博士課程卒業後に選んだ道は宇宙ではなく、IBMの研究職だった。

「僕は宇宙を一回捨てたんですよ。」

そう中須賀先生は振り返る。宇宙開発は保守的だ。最先端の技術を研究しても、それが実際に宇宙で使われるのは何十年も先になる。それを「いまいち面白くない」と感じた。

25年前、「宇宙開発」といえば政府と一部の大企業が行う大型プログラム以外に選択肢はほとんどなかった。予算規模が大きい故に失敗できない。失敗しないためにはリスクの高い新技術を避け、「枯れた技術」、つまり過去に使われて信頼性が確立している技術に頼る方が良い。結果、人工知能のような最先端技術が入り込む隙間は非常に狭い。宇宙よりも地上の応用の方が最先端の研究をすぐに生かせる。それが、中須賀先生が宇宙を「捨てた」理由だった。

ところが2年後の1990年、中須賀先生は恩師の田辺先生から大学に呼び戻される。「戻ることになったから」と一方的に告げられ、中須賀先生に選択の余地はなかったらしい。「まあいいか」とあまり深く考えずに大学に戻ることになった。

アポロから超小型衛星へ

中須賀先生にとっての転機―そしておそらく世界の宇宙開発にとっての転機―は、1998年のハワイでの学会だった。Bob Twiggs というスタンフォード大学の教授がジュース缶を持っておもむろに立ち上がった。そしてこう言った。

「これで衛星を作るぞ。」

アポロの頃は部屋ひとつ分の大きさがあったコンピューターが、膝の上に乗るサイズになった。ならば、ジュース缶サイズの人工衛星もできるのではないか。そう、Twiggs は言ったのだ。

「衝撃的だった」と中須賀先生は振り返る。そして翌年、スタンフォード大学に2ヶ月間滞在し、Twiggs の学生たちが手作りで人工衛星を開発する現場を見た。人工衛星とは特別な機器を使い、厳密に管理されたクリーンルームで作るという常識があった。スタンフォードの学生は、通販で買える部品を使い、普通の半田ごてを使って衛星を作っていた。「なんだ、こんなんでいいのか」と思った。目から鱗だった。

「それを見て、二つのことを思ったんですよ。ひとつは『日本の学生でもできる』ということ。もうひとつは『日本の学生の方がうまくできる』ということ。」
そこから中須賀研究室が東工大の松永研と共に世界初のキューブサットを成功させ、超小型人工衛星における世界のパイオニアとなったことは、皆さんご存知の通りである。

超小型人工衛星ならばコストが低く開発期間も短い。その分、リスクを取れる。つまり、最先端技術を試す余裕があるのである。キューブサットは現在、NASAでも最先端技術の実証のために用いられている。

アポロという人類史に残る超巨大プロジェクトから50年。少年時代、それにインスパイアされて宇宙の道へと進んだ中須賀先生は、アポロとは対極にある超小型人工衛星で、宇宙開発の常識を塗り替えつつあるのである。

中須賀研が開発した CanSat(左)と世界初の CubeSat “XI-IV”(右)

人間の哲学を高める力

「アポロ計画は良くなかったのかもしれないね。宇宙開発のいろんなことを歪めたと思う。」

アポロ計画の評価を中須賀先生に聞いたところ、こんな答えが返ってきた。

「アポロというのは、とにかく月に行きさえすればいいという一本道のプロジェクトだったんだよね。ソ連との競争があったから仕方なかったんだけど、あの時にアポロにかけた莫大なお金を使って、地球の周りから順番にインフラを作っていれば、今人類はもっともっと先まで到達していたと思うんですよ。」

アポロから50年経って、未だに誰も月に行っていないのも、そこに原因の一端がある。現在 NASA が進めているアルテミス計画はその反省に立ち、まずは月軌道に小型宇宙ステーションという「インフラ」を作る計画ではある。ただし、元々ステーションは火星探査を想定して計画されたものであったため、その軌道は月着陸に最適なものではない。そしてアメリカが月着陸を急ぐ理由は、背後に迫る中国のためだと中須賀先生は指摘する。仕方のないこととはいえ、「政治によって工学的に良い道が歪められる」ことに懸念を抱いている。

なぜ人類は宇宙を目指すのか。何度も繰り返されてきたこの問いに、中須賀先生は工学部教授らしいユニークな視点で答えてくれた。

「結局ね、閉鎖系ってのはダメなんだよね。」

先生曰く、もし人類が宇宙に出なければ、人類文明は地球内で完結した「閉鎖系」となる。閉鎖系ではエントロピーは増大し続ける。それは死に近づくことを意味する。では、エントロピーを下げるにはどうすればいいか?閉鎖系を開放系にし、外から情報やエネルギーを入れるしかない。

「だから、宇宙に出ていくってのは必須なんですよ。それを人間は本能的に気づいているんだと思う。これはもう止めることはできない。理由なんてないんですよ。行くもんなんです。」

最後に、将来のビジョンについて質問してみた。

「宇宙っていうのは、人類の哲学を高める力を持っていると思うんだよね。」

そんな言葉で、中須賀先生は語り始めた。地球観測や通信・放送など様々な宇宙空間の利用が語られるが、そのような「真面目な」目的だけが我々が宇宙を目指す理由ではない、と言う。人類の哲学を高める力。色も形も貨幣的価値もないが、それがあったからこそ、アポロにあれだけ世界中が興奮したのである。アポロと同じレベルのことを他の分野でやっても、たぶんあそこまでにはならなかっただろう。

「人類が哲学を高めていく渇望に繋がるような、メッセージ性の高いミッションをやりたいね。」

そう、中須賀先生は楽しそうに答えてくれた。きっとその顔は、アポロに胸躍らせた8歳の頃から変わっていないのだろうな、と思った。

© 小野雅裕 | NASAジェット推進研究所・技術者

『宇宙に命はあるのか 人類が旅した一千億分の八 』

「宇宙に命はあるのか」はNASAジェット推進研究所勤務の小野雅裕さんが独自の視点で語る、宇宙探査の最前線のノンフィクションです。人類すべてを未来へと運ぶ「イマジネーション」という名の船をお届けします。

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