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「苔むさズ」 #03

ロンドンのファッションやアーティストにアディクトしているタケシさんの度々の毒舌や、モトヒロさんの夕方出社に慣れてきた頃、サヤさんともう1人の女性で20歳のリンちゃん、24歳のラグビー好きゴリさんとも打ち解け、それなりにぎこちないながらもチーム全員と交流が持てる様になってきた。

初日にコルクちゃんに案内されて通されたデザイン会社デスクも、1ヶ月も経てば毎日当たり前の風景になった。
3月も終わりに近づき、季節は初春に入った。
大きな窓から日中に差してくる太陽は、
2月の刺す様な強い陽射しから、ポカポカとランダムに漂う3月の優しい陽射しに変わった。

窓側に背を向けて座るタカシさん、リンちゃん、ゴリさんは、この大きな窓から各々のMacの画面に直射日光を受け、昼間は良く嘆いていた。画面が反射してよく見えないのだ。特にこだわっている色合いの確認ができないのでは困るらしい。
画面の色味は、印刷される時の色味と極力合うように、サヤさんによってモニターを設定されていたが、この大きな窓のブラインドで日光を完全に遮った場合のみ、その設定は活かされた。
ただし、このブラインドで日光を完全に遮ると昼間でもまるで真夜中か窓のない小さな部屋に閉じ込められた様な圧迫感なので、必然的にブラインドの調整は、平行より斜め下15度位の角度に調整され、大観覧車や港がかろうじて見え、日光もある程度遮断される状態に保たれていた。それは、色の再現性だけを重視するのではなく、部屋全体の環境を考えてのメンバーで決められたルールだったと後で知った。

1ヶ月経って様子が掴めたとは言え、私には度々様子が分からず、メンバーの共通認識に追いついて行けない事が多々あって、モトヒロさんやサヤさんからお小言を言われることがあった。
ブラインドの調整もその1つだった。ある日の朝出社して窓からの日光を取り入れようとブラインドを完全に上まで上げてしまい、ガラス窓がむき出しになる状態で皆を待っていると、
昼頃にいつも出社するサヤさんに、いつもの通りに下ろして、角度も下げる様に注意された。
この頃より、不思議ちゃん雑用係の楽天主義は、ほんの少し陰りを見せ始めた。

ポジをスキャンする雑用に慣れて来ると、真面目に努めたおかげか、私にもMacで少しずつデザインをする機会が与えられた。私をアシスタントとして採用する事を決定したサヤさんの計らいだ。
これまで、スキャンポジの管理でしか利用されなかった私のPower Macは、漸くデザインという業務に利用されることになった。
当然私に与えられるデザインの仕事は、極々簡単な部分的な小さな仕事だった。
サヤさんが担当しているエスニック料理店特集のタイトル部分に使うアジア風エスニック調のパターンとそれを使った10cm×2cmのフレームを作って欲しいという依頼だった。

「エリコもこれくらいだったらできるでしょ?」サヤさんは基本的に優しく接してきた。しかしそんな風に優しく接するサヤさんの顔には、いつも早く私に仕事を覚えて一緒にさばいて欲しいという強い要望と焦りと疲れが入り混じった複雑な感情を抱いているように見えた。

実際私も焦りはあった。
ある日、Macでイラストレーターというソフトウエアを使い、サヤさんから頼まれた仕事をしていると、後ろからモトヒロさんが、
「もしかしてさー、エリコさんさー、コピー・ペーストとか知らないのぉ?」
と言ってきた。知らないうちに後ろで見ていたのだ。
「なんですか、それ?」と私。
「おいおい、マジかよ〜。やべーぞこれは」
モトヒロさんはやべーと言いながらも、まるで小学生が夏休みにバッタでも捕まえた時の様な、獲物を捕らえた時の様な恍惚とした笑みを浮かべてメンバーに聞こえるように大声を出した。
「教えてもらっていいですか?」
「仕方ねぇな〜、一回だけやるからちゃんと覚えてなぁ。もう2度と教えねぇから。」
モトヒロさんは、他の皆にもそうであるように、この2度と教えないという条件付きで操作を実演してくれることになった。口悪く吐き出すと、私のイスに座らせるように手で私にシッシッっとやった。

モトヒロさんはヨレヨレの薄汚れたシャツから出た意外にも綺麗な白い清潔そうな手を、器用そうにキーボードに置いた。
すると、まるでMacと一体化したようにキーボードを左手で、マウスを右手で持ち、交互に操作しながら私が作成途中だった図形を少し整えたあと、コピー・ペーストし始めた。
「今のが、コピー・ペーストだ!よく覚えておけ!」
ヒッヒッといつもの肩を揺らす独特の笑い方をしながら、モトヒロさんが席を立った。
私はその素早く動くモトヒロさんの手元を1秒足りとも見逃すまいと必死で凝視していた。
それは、右手のマウスで図形を選択しながら、左手の親指でキーボードのcommandマークキーを押しながら、交差させた人差し指でCキーを押し、データをコピーをしたあと、続いて同じくcommandマークキーを押しながら人差し指でVキーをおして選択された図形をペーストするという作業だった。

同じことを2度聞いてはいけないという恐怖心の為か、この様な作業をいくつもサヤさんやモトヒロさんから教わっては、ノートにギッシリとメモして、何度も何度も繰り返しやってみて体で覚えていった。

Macは独学で少し経験した程度…。
そんな事を履歴書に書いた事すら恥ずかしく思った。約半年ほど前の夏、父に秋葉原で将来のための出資だと言いながら買ってもらったMacとスキャナとプリンタは全部で30万円程した。
夏の猛暑の日の夕方、秋葉原で父の仕事が終わるのを待ち、量販店スタッフと一緒に選んだ機器たち。帰りに汗だくで中華料理を食べながら言われた父からの「この出資でいくら分稼げる様になるか楽しみだ」と言われたことば。

この時になり、漸く自分自身に課せられた責任というものが、雑用係のままではなく、
世に出る制作物をデザインする事だという事に気づき始めていた。

コルクちゃんと、リンちゃんは、この時流行りのフンワリした白いコットン生地の長めのカーディガンを、コートの代わりに羽織り始め、皆、桜が咲くのを今か今かと待っていた。

[続く]

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