体験が少ない大人たちなのかな?

前回に続いて、『鬼滅の刃』について気になった点を書かせて頂きます。

周囲の観た人達の大半が「感動して、泣いてしまいました。」と言っているのを聞いて、正直な所、「泣くほどの内容だったかな?」と思ってしまいました。

何かしら作品で泣くのは理解できますが、「『鬼滅の刃』で?」と感じている理由として、過去にも似たような構成の作品は多々ありましたし、作品の内容自体は自分の人生に重ねる事が難しい事を考えると「成人した人間が泣くには理由が全くないのでは?」と思ってしまいます。
というのも、私の考えとして泣くにしても大きく分けて前述通り、初めて受ける体験か、何かしら自分の人生に重ねられる部分があるかのどちらかだと思っています。
別の作品となりますが、『82年生まれ、キム・ジヨン』を観た時に会場からすすり泣きが聞こえても、女性であれば、作中で描かれている様な体験や自分の人生と重ねた時に先々に映画と同様の事が想像できた事からの涙なのかは分かりませんが、どこかしら自分の人生に重ねた結果として泣いているんだろうなぁと理解は出来ました。

『鬼滅の刃』に関しては重ねようがないですし、どこで泣いているんでしょう?
先輩(または上司)が死ぬ状況なんて今の日本で普通に生きている限りは体験する事はないと思いますしね。
似たような作品が多い中でそれらを観ないで育ったから成人になっても、初めて観たような形で泣いているのかと考えると合点がいきました。
今の20~30代は映画などのインプットが単純に少ないだけなんでしょうね。
そう書きながら、私もこの範囲に入るんですが…

まぁ、ここまで書いておきながら、別に泣けるからおかしいとか、泣かないから色々観ているといういわけではなくて、最終的には感受性だったりと様々な要因で個々人ともども泣いているので、それらは否定すべきではないことです。
ただ私はどこで泣いているのかが全く理解できなかったなぁという感想でした。