終わることが終わらない 0925

感情は複雑で抽象的だから、人はコミュニケーションのためにできる限り名前をつけて、それを表現しようと試みる。赤ちゃんと同じように「気持ちいい」か「気持ち悪い」かが重要で、嬉しさにも気持ち悪さはあり、悲しみにも気持ちよさがあると思う。

気持ちいいに包まれた感情は味わって、気持ち悪いものはたとえ正の感情でも捨ててしまいたい。その基準を定めることで、わたしはわたしの感情とうまくやってきたつもりだ。

別れ、というものは基本的に気持ちいい悲しみをわたしに運んでくれる。そこにあったものがなくなる悲しみ、変わってしまうことへの悲しみ。たとえ涙を流しても、それには美しさがある。

悲しみには案外、気持ちいいものが多いように思う。わたしたちは悲しむとき、それがいつかは去るものだとわかっている、本当は。わかっているけど悲しいのだ。

悲しむのは気持ちを消化するため。眠気が寝ないとなくならないように、悲しみは悲しまないとなくならない。別れがどんなにつらくても、悲しみの先には気持ちよさがあるはず。

でもわたしのすきな別れは終わりではない。終わりではない別れだからこそ気持ちいい。きちんとした終わりのない別れはフェイクのようなもので「しばしの別れ」である。

「お互いに終わりのない関係だから楽で楽しいんです。」
いつだか、わたしの恋人と親しい女性が言っていた。彼と彼女は友達ではなく、セックスフレンドでもなく、デートをする仲だった。

わたしの恋人が誰とデートをしていようが、セックスをしていようが、興味はない。しかしそのデート相手の発言に、激しい嫌悪感と苛立ちを覚えた。それはわたしが望んでいたことだから。

わたしは彼と恋人同士になる代わりに、終わりのない関係を捨てた。終わらせない努力を惜しまずしてきた。そんな彼と、終わりのない関係を続けようとする彼女に嫉妬した。

自分が嫉妬をすることを初めて知った。わたしは彼に好かれていると自覚しながら、彼に好かれる努力をやめるつもりはない。恋愛において油断は命取りだ。

終わりのある関係を終わらせない覚悟。努力しつづける覚悟。でもきっと、いつか、気持ち悪い別れをする覚悟。覚悟を決めたわたしにとって、彼と気持ちいい別れをするであろう彼女は羨ましくて仕方がなかった。

「羨ましい」「いいな」、そう言われるたび、あなたもそうしたら?と思う。そんなことを言う人の気持ちが理解できなかった。恋をして、嫉妬をして、あなたもそうしたら?と自分に言われる日が来るなんて。

ああ羨ましい、じゃあ真似したら?
彼女のようになりたい、なれるでしょう?
終わりのない関係に戻りたい、戻ったら?

永遠につづきそうなくだらないやりとり。いまの自分といままでの自分。でも知っている。わたしにとって、いままでのわたしが正しいということを。いままでの方が生きやすかったということを。

いつものように、彼の胸に頭をあずけ、わたしに形を合わせるからだを感じ、たまらなくなって深く息を吐く。
ああ、気持ちが悪い。気持ち悪い、しあわせ。

目を合わせることもなく、そっと、わたしは彼との関係を終わらせた。そしてまた、終わりのない関係を始めた。

ああこれで、わたしのすべての感情は気持ちいいものになる。

そう思ったときのよろこびは、信じられないほど気持ち悪かった。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いただいたサポートで元気になって文章を書きますっ。

ありがと〜!わたしもスキっ♡
2

りっかこの世渡り大作戦っ!

いつも元気なりっかこの「明るく可愛く怒らない」処世術を、思いついたままに書いていきますっ!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。