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目を閉じるとおじさんがいる


さいきん、目を閉じるとおじさんがいる。

目の前にいる。

おじさんは小さく、白黒で、ちょび髭を生やしている。
鼻炎薬カプセルみたいな形をしていて、首のようなつなぎ目はない。
手足は塩こんぶみたいなのがぴょろぴょろ出ているだけだ。
口元がどうなっているのかわからない。
笑っていないけれど、怒ってもいないと思う。
細くて短いまつ毛が2本、くるんと上を向いている。

おじさんはイスに座っている。
キャスター付きだ。
足が短いのでプラプラさせている。
なんだかよくわからないハンドルがついていて、それでイスを操作しているらしい。
話しかけたことがないので、おじさんの耳が聞こえるのか、声がどんなふうか、わからない。
視線はいつも不自然で、わたしを見ているようにも、見ていないようにも見える。
黒目は動かない。
おじさんはきっと、すべてを見ている。

おじさんはさいきんいる。
目を閉じるといつもいる。
はじめはこちらを向いてじっとしている。
しばらくすると二度まばたきをして、ものすごいスピードでイスを滑らせて向こうに行ってしまう。
効果音をつけるなら「ぴゃー」だ。

おじさんの消え方は跡形もない。
真っ白な世界に唯一の黒だったので、おじさんがいなくなると寂しい。

またか、と思う。
おじさんのいない真っ白な世界に、わたしはこのままいられるだろうか?
たまに、すこし、待ってみたりもする。

でも、おじさんが向こうから「ぴゃー」と来たことはない。

しばらくすると、真っ白な世界はゆれて、波打って、真っ白なまま熱を帯びて、わたしは泣いている。

目を開ける。

まだ、バスの中だ。

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