みんなのレオ・レオーニ展

少しお久しぶりです。

ちょっと前になりますが、ひろしま美術館で開催中のレオ・レオーニ展へ行ってきました。

そして、その記事を書いている今は、かなり日がたっておりまして。

展覧会、とっくに終わってます 笑。


造詣は深くないのですが、実は美術も好きで、学生の頃から、時々ですが興味のある展示には行っています。

旦那さんもわりと美術が好きなので、そういえば昔は一緒に美術館にも行っていたような。

(最近はもっぱら一人 笑)



またまた話が逸れてきましたので、話を戻して。

スイミーでお馴染みのレオ・レオーニ。

絵本作家のイメージが強かったのですが、実は多岐にわたる分野での作品を発表しています。

今回の展示ではもちろんそれらの作品もお目見え。

グッズの販売コーナーに並ぶ商品は絵本モチーフのそれがほとんどでしたが(ビスケット缶とマシュマロがとても可愛かった!)、作品展示では他の作品の分量も多かったので、その作品群からレオ・レオーニの生涯とその思索を垣間見ることができました。


こうして美術館で作品と対峙する時に感じるのは、歴史に名を残すような芸術家って、単に素晴らしい芸術作品を生み出しているわけではなくて。

その奥には深い社会的視座があって、それぞれが生きた時代の空気感が色濃く滲んでいるのだな、ということです。

生涯作品の全てが、というわけではなくても、長い期間芸術に身を捧げている人の作品って、どこかの時期に社会問題を模した作品群があったり、自分の人生や環境への根源的な問いかけのようなもの(うまい言葉がでできませんが)が込められた作品があったり。

技法や作風は異なっていても、強い想いとメッセージが伝わってくる作品が多いように感じます。


この辺りは文学作品(特に純文学と呼ばれるジャンル)でも言えることなんですが、人間の表現物って突き詰めていくと、そういう自分自身が伝えたいメッセージを表現する、と言うところに行き当たるのかな、なんて思いました。


そういう意味では起業も、少し似ているのかな、なんて。

いつだったか、起業仲間(とは言え、ほぼみなさん私の先輩なのですが)と話している時に

「事業を起こすって究極は世界平和のため。手段やツールは違えど、それぞれのやり方で社会問題を解決することで、世界平和を目指しているんだよ」

と言われていたことが強く印象に残っています。

私が法人化をする時に

「法人って具体的に何をするのですか?」

と信頼する先輩へ何気なく聞いた時にも

「社会へ貢献のできる事業」

といった内容のことを即答されました。


私自身はまだまだなのですが、それでも今の仕事を始めたばかりの時に比べれば、格段に視野が広くなり、社会全体について考える機会も増えたように思います。

仕事をしている中で、サービスの対価としてお金をいただけることも嬉しいし、事業を成り立たせて行く上でそれは必須です。

ただ、幸せを感じる瞬間はいつかと聞かれたら、仕事で関わっている人に喜んでもらえたり、その方の人生にほんの僅かでもプラスになったかな、って思える瞬間だったりします。

最近は、そういう小さな瞬間の積み重ねが社会のプラスになっていくのではないのかな、と思うようになったりもして。

私はものすごく強烈なメッセージを発することのできるタイプの人間ではありません。

ですが、誰がが笑顔になる、そんな瞬間をたくさん生み出すための仕事をしていけたらいいなと思っていますし、その集積がより素敵な世界の構築につながっていけばいいな、と思っています。

それは直接的にだったり間接的にだったりさまざまな形でにはなりますが、私なりの形で社会に貢献できる人になりたいし、それは自分の運営するpetapeta-art®︎に携わる人たちにもそうであってほしいな、と願っています。


なんか話がよく分からない方向に来てしまいました。

美術と関係ない話になっちゃいましたが、そんなことを考えた1日でした。


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やまざき さちえ

赤ちゃんの「今」を残すpetapeta-art (株式会社petapeta)代表。個人的な読書や映画日記をこちらに。
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