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Min Jin Lee著 Pachinkoは反日小説なのか

昨年の梅雨時体調を崩し手術入院をした。 切る前は多少緊張したりしても本を読む、字を追う余裕があり図書館で借りた本を読んだりKindleに落とした英語の本を読んだりして過ごしていた。その時に読み始めて結局先月2019年4月に読み終わったのがミンジン・リーの「Pachinko」だ。Twitterユーザの在米日本人や渡辺由佳里さんが洋書ファンクラブで紹介していたので興味を持って購入した。

この作品はたぶんアメリカ人が書いた在日コリアンが主人公の最初の作品と思われる。作者のミンジン・リーはアメリカ育ちの在米韓国人で1.5~2世くらいの世代の人物である。出生は韓国だが幼少時に渡米しアメリカで教育を受けており自己認識が何世なのかわからないのでこのような書き方をしていることはご理解いただきたい。作品は家族の大河ドラマだけあって登場人物も多く親子三代にわたるサーガと呼んでも差支えのないスケールである。原著で500ページを優に超える厚みのある作品でこれから日本語版が出るという話だが上下巻に分けて販売されそうだと読みながら思った。簡単に話を要約すると日本統治時代の朝鮮半島の南側に暮らす障害のある夫と口減らしのために嫁に出された妻の間に娘が生まれる。この娘が主人公である。名前がSunjaなのだがこれがスンジャなのかソンジャなのか分からない。韓国語のアルファベット表記は一定の規則性、表記法に則っているが例外もあるためである。しかし、この作品はキリスト教がモチーフになっておりつづりを見ればスンジャだが善子でソンジャと読むこともできるのである。Sunjaの母Yangjinは良真ではないかと想像できる。

在米日本人のみなさんの強力な推薦があったのでこの本を読もうと思い読み始めたが、読んでいる途中でネットで作品の評価を見てみようとGoogleで検索をしてみたらちゃんと「反日」というワードで作品の評価をしている人がいたので試しに目を通した。あえてそのサイトを紹介することはしないが、作品を読んでもいないことがわかる内容であった。読まずに評価をすることができるほど在日コリアンをテーマにした作品は軽んじられるのかと呆れた。読む気がしないのは問題ない。そこで話が終わるからだ。批判をするならまずは読んでからにしてもらいたい。

読めば読むほどミンジン・リーは日本に住んでいた時期、90年代から00年代頃に丁寧な取材をしていたことがわかる。それも1世に取材していることが大きい。2019年の本日においては1世はほとんどが亡くなっているし、ご存命でも相当な年齢になっており取材は難しいと思う。小説に反映されなかった部分で貴重な話を聞いているだろうから再度在日コリアンの話を書いてほしいと期待している。作品の中で驚くのは帝国主義に関わる単語がほとんど出てこないことだ。それにもかかわらず帝国主義によって市井の人々が振り回されることがわかるように書いてある。「反日」というのは日本が好きとか嫌いとかいう文脈で使われる単語ではなく日本の帝国主義への抵抗を示す言葉であるので正しくは抗日である。実際に日本の統治下で行われたのは抗日運動であって反日運動ではない。女性が主人公であるため政治闘争も周囲の男性が参加しているという描写がでてくる。しかし主人公は学校教育を受けていない女性なので政治闘争に参加する術を持たない。よって抗日運動の描写は大変少ない。原爆症に苦しむ夫の弟の姿も出てくるが韓国人被爆者問題に切り込むこともしない。またYangjinとSunjaの思い出話の中で口の上手い女が働き口がマンチュリア(旧満州にあたる)にあるからと言ってYangjinの宿屋で働く女性を労働者として連れていったことがあったという話題が上るが従軍慰安婦という単語は出てこない。差別の厳しさの表現が出てくるシーンはある。部落差別に触れておりこれはアメリカ人の作家から部落差別に触れるシーンが出てきたことに驚いた。そして何より驚いた、舌を巻いたのは黒人の友達話法が大変当事者を苦しめるという描写である。黒人の友達話法とは「私には黒人の友達がいる」と言いながら差別をする話法、またその振る舞いである。ミンジン・リーの筆が最も冴えている部分である。差別語を使わなくても差別は成立するということがわかる、この巧みな筆に感心した。日本の作家でこういう表現をする人がいたかと考えたが思い浮かばなかった。

しかし、いい表現ばかりではない。残念なことであるが自死に関してまた性的少数者に関するシーンはどういった意図で書いたのか作者に聞かないとわからない表現があった。自死と性的少数者は作品を彩る飾りのような扱いになっているのではないかと思った。自死と性的少数者は書かなければならないという責任を感じて書いたのかもしれないため批判は避けたいところである。

長い作品であるし何せ私自身英語話者ではない。せいぜいがピジン英語、藤本和子の訳を借りれば通商英語という範囲の英語を使う程度で他の本の合間合間に読んで読み終わったPachinkoであるが極端に難しい単語が出てくるわけでも、作品の構図が複雑なわけでもない。大河ドラマだから登場人物は多い。しかし、アメリカに住む同胞が共感を持って書いたという点で在日コリアンを描いた作品としては大きな転換点になる作品ではないかと思う。在日コリアン当事者から見たら腑に落ちない部分もあるだろうし、全面的にどこを切り取っても良い作品と言えるはずもないだろう。それは分かった上で長く読まれてたくさんの人の目に触れてほしいとおもっている。穏やかな暮らしを求めるのはマイノリティに限ったことではないし、Sunjaと義理の妹のKyungheeとの女性の友情に共感する人も多いだろう。

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