海のピースと山のホップ

まだ海賊が恐れられていた時代、とある港町にピースという貧しい少年がいました。まだ小さい頃に両親を海賊に連れ去られてしまったピースが生きていく方法はただひとつ、物乞いしかありませんでした。

ある日は魚市場、また別の日は漁船の船着場で、木箱を置いて座っていれば必ず魚を入れてくれる人がいたので、運良く港町で育ったピースは食べ物に困った事はありません。

そんな生活がしばらく続いた頃、いつものようにもらった魚を食べていたピースがふと思いました。「毎日毎日、魚ばっかりで飽きてきたなぁ」

町には果物屋さんもありましたが、港町なので魚は毎日もらえても山でしか採れない果物は値段が高く、ピースの木箱には魚しかいれてもらえませんでした。

「果物って、どんな味がするんだろう、一度でいいから食べてみたいなぁ」

まだ食べた事がない果物の味を想像しながらいつもの魚を食べていると、遠くから馬車が近づいてきてピースの前で急に止まりました。

馬車を生まれて初めて見たピースは魚を食べる事も忘れ、豪華な馬車にしばらく見とれていました。

すると急に馬車の扉が開き、立派なスーツを身にまとった紳士が降りてきてピースの前で立ち止まりました。

「お金持ちなんだろうなぁ、なんだろう、何かくれるのかなぁ」

いつものようにピースが木箱を紳士の前にそっと差し出すと、紳士は言いました。

「君の名前は?」

「僕、ピースっていうんだ。凄くおなかが減っているから、なにか美味しいものをおくれ。」

「そうか、ピース君、残念ながら、私には今何もあげられるものがないんだ。でも変わりに、君を好きなところに連れて行ってあげる事は出来るよ。」

きっとお金持ちだから、おいしい果物がたくさんもらえると思っていたピースはがっかりしました。

手に持っていた魚を食べようとしたその時、ピースはひらめきました。
「じゃあ、おいしい果物がたくさん採れる町に連れて行っておくれ」
それを聞いた紳士はとてもうれしそうな顔をしましたが、ピースにはそれがなぜなのかは分かりませんでした。

「それなら叶えてあげられるよ、馬車にお乗りなさい。」

急に訪れたチャンスにピースはうれしくて、食べかけいた魚を放りだして馬車に飛び乗りました。
「ついに果物が食べられるんだ、うれしいなぁ、こんな魚しか食べられない町とはおさらばだ!」

こうしてピースは一度も外に出た事が無かった港町を離れ、馬車に揺られながら果物がたくさん採れる町へと旅立ちました。

まだ空が薄暗い明け方に出発したピースですが、しばらく山道を馬車に揺られて、お昼をすぎてもまだ町には着きません。そろそろお腹が空いてきたピースは聞きました。

「その町はどのくらい遠いの?」

紳士は微笑みながら言いました。
「ピース君がいた町に果物はなかったのかい?」

「あったよ、あったけど、とっても高いから誰もくれなかったんだ。」

「そうだろう、だから、果物がたくさん採れる町は君がいた町からはとっても遠いところにあるんだよ」

ピースにはその意味がよく分かりませんでしたが、まだまだ遠い事を知ると眠くなってしまい、いつの間にか眠ってしまいました。。。

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ピースが暮らしていた港町から遥か遠く、山をいくつも超えた先にある小さな町にホップという名の少年がいました。まだ小さな時に山賊に両親を連れ去られてしまったホップもまた、生きていく方法はただひとつ、物乞いしかありませんでした。

ホップが育った町は果物が沢山採れる山の中にあったので、町中の果物屋さんにはたくさんの果物が並んでいました。

ある日、いつものようにホップが置いた木箱に果物を入れてくれる人たちを見てふと思いました。

「みんなは物乞いをしないでどうやって生きてるんだろう。どうしたら魚が買えるようになるんだろう。」

物乞いをすることでしか生きていく方法を知らなかったホップですが、町の中で自分だけが物乞いをしている事が本当は嫌でたまりませんでした。

「毎日果物ばかりで飽きちゃったなぁ。一度でいいから魚を食べてみたいなぁ」

ある日ホップが魚屋さんのそばで魚を見ていると、向こう側から馬車がゆっくりと近づいてきました。

見た事も無い馬車にびっくりしていると、馬車からひとりの紳士が降りてきてホップに言いました。

「きみ、しばらく魚をみているけど、買わないのかい?」

「買いたいけど、お金がないから買えないんだ。だから、食べたいけど、食べられないんだよ」

「かわいそうに、なにか私に出来ることはあるかい?」

急にそんな事を言われたホップはビックリしました。
「本当?じゃあ、魚が食べたいって言ったら、買ってくれるの?」

「残念ながら、私は今、君に魚を買ってあげられるお金を持っていないんだ。その代わり、君が行きたいところに連れて行ってあげる事は出来るよ。」

しばらく考えてからホップは言いました。

「じゃあ、魚がたくさん食べられるところに行ってみたいな。」

こうしてホップは馬車に揺られて遠くの港町へと旅立つことになりました。

一度も町から出たことのなかったホップはずっと続く一本の山道を眺めながらおじさんに話しかけました。

「ねぇおじさん、おじさんはどうして馬車や洋服を買えるの?どうして僕にはもらう事しか出来なくて、どうしておじさんは色々なものを買えるの?」

手綱を引いている手を緩めて、うれしそうな顔をして紳士は答えました。

「どうしてだろうね、その答えはみんなそれぞれ違うんじゃないかな、でもいつもその答えを考えていれば、もしかしたら今から行くところにも答えがあるかもしれないね。」

すぐに答えを教えてくれると思ったホップは少しがっかりしましたが、馬車が進むにつれて答えに近づいていると思うとワクワクしてきました。

ホップを乗せた馬車は朝からずっと一本の山道をゴトゴト、ゴトゴト。坂を登ったり降りたりしていくうちに日も暮れ始め、ホップはいつのまにか寝てしまいました。

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「いらっしゃい、いらっしゃい! 今日もたくさん採れたよ!」
騒がしい声と、どこからともなく漂ってくる甘い香りに目を覚ましたピースはいつのまにか知らない町に到着していました。

周りを見渡すと、行き交う人はみんな採れたての果物を持ち寄って大にぎわい。通りにはたくさんの果物屋さんがあふれて、町中に果物の甘い香りが漂っています。

連れてきてくれた紳士と馬車はどこかにいなくなっていましたが、目の前に広がる光景に目を奪われているとそんな事はすぐに忘れてしまいました。

「うわー、そこらじゅう果物だらけだ!ついに果物を食べられるぞ!」

興奮したピースはさっそくいつものように通りの端に座って木箱を置くと、ピースの前を通りがかる人がひとり、またひとりと果物を入れてくれました。

生まれて初めて食べる果物のあまりの美味しさにピースはびっくりしました。
「果物って、いい香りだし、甘いし、魚なんかより全然美味しいや。座っているだけでこんな美味しいものが食べられるなんて、僕はなんて幸せなんだろう」

次の日も、また次の日も、毎日毎日お腹いっぱい果物を食べて過ごしていたピースはある日ふと思いました。

「毎日毎日、甘い果物ばかりで飽きてきたなぁ、また魚が食べたくなってきちゃった」

ピースが着いた町は海からはとても遠く、魚は値段が高いのでピースに魚をあげる人は一人もいませんでした。

「もう果物はいらないや、また魚を食べに港町に戻ろう」

果物ばかり食べてすっかり飽きてしまったピースは魚を食べるために港町にもどる事を決めました。

「馬車のおじさんはいつ来るのかなぁ」

ピースは来る日も来る日も馬車を待ち続けましたが、いつになっても馬車は来ません。
「今日もおじさん来てくれなかったなぁ、何で来てくれないんだろう。」
ピースは考えました。
「食べ物に困ってるように見えないから来てくれないのかなぁ」

果物の町に来てから、ピースは甘い果物ばかりを食べていたので、港町にいた時に比べるといつのまにか太っていたのです。
「よし、魚を食べるためなら仕方がない、食べ物を我慢しよう」
貧しい少年に見えるように、ピースは食べる事を我慢しました。

それから何日か待ち続けていましたが、まだ馬車はやって来ません。
「もうすっかり港町にいた時のように痩せたのに、何でおじさんは来てくれないんだろう」

ピースは考えました。

「あのおじさんはとってもかっこいい洋服を着ていたなぁ、そうか、僕が着る服に困っているように見えないから来てくれないのかなぁ」
ピースは来ていた服をビリビリに破り、ボロボロになった服を着て馬車を待ち続けましたが、まだ馬車はやって来ません。
「誰が見ても汚い服を着ているのに、何でおじさんは来てくれないんだろう」

ピースは考えました。

「そうか、港町にいた時は僕の体は魚の生臭い匂いがしてたけど、今は果物の良い匂いがするから来てくれないんだ」
ピースはボロボロになった服に泥を擦りつけ、果物や魚の食べ残りを拾っては身体中に塗りたくるとピースは体中が酷い匂いになり、誰が見ても惨めな姿になりました。

それでも、次の日もまた次の日も、馬車はやって来ませんでした。

「おかしいなぁ、こんなにも酷い匂いがしているのに、こんなにも哀れに見えるはずなのに、何でおじさんは迎えに来てくれないんだろう。」

いよいよお腹がすいてたまらなくなったピースが木箱に手を伸ばすと、いつもならいくつも入っているはずの果物がひとつも入っていません。

「おかしいなぁ、なんで町の人は果物を入れてくれなくなったんだろう。」

「何も悪い事をしていないのに、こんなにも貧しくみえるのに、なんでみんな僕を助けてくれないんだろう。なんでみんな可愛そうな僕に同情してくれないんだろう。」

考えようとしましたが、ピースにはもうそれ以上何も考える事が出来なくなってしまいました。。

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「おーい!今日も大漁だぞー!」
にぎやかな人の声と潮の匂いで目を覚ますと、ホップの目の前には初めて見る海がどこまでも広がっていました。

連れてきてくれたおじさんを探してみましたがどこにも見当たりません。
もっともっと色々な事が聞きたかったホップですが、答えがここで見つかるかもしれないというおじさんの話を思い出すと、すこし元気がでました。

「ついに町に着いたんだ、すごいなぁ、あっちにもこっちにも、港町にはこんなにたくさんの魚があるんだなぁ」

港に帰ってくる船、船から引き上げられる数えきれない程の魚、漁師さんと魚屋さんがいっぱい集まる魚市場、初めて見る港町が楽しくて、ホップはしばらく町中をあるいてまわりました。

魚屋さんで売っている魚はどれも新鮮で、美味しそうで、見た事も無い魚がたくさん並んでいます。

果物屋さんもありましたが、種類も少なく、ホップの町では考えられないような高い値段で売られていました。

「果物なんて、僕がいた町ではいくらでももらえたのに、ここの人はかわいそうだなぁ」

お腹が空いてきたホップが木箱を置いてしばらく座っていると、漁師さんや魚屋さんが小さい魚や傷が付いてしまった魚をたくさん入れてくれました。

「僕の町では高くてもらえなかった魚がこんなにもらえるなんて、港町ってなんてすごい所なんだろう!」

生まれて初めて魚を食べようとしたその時、ホップの頭の中にひらめきが稲妻のように走りました。

「おじさん!答えが見つかったよ!」

大声で叫んで立ち上がったホップは初めて食べようとした魚を木箱に戻して、夢中で来た道を走りました。

休むのも忘れて、食べる事も忘れて、いつまでも走り続けました。

「おじさん、ありがとう!」走っているホップの目には涙が流れていました。

何の涙なのかは分かりませんでしたが、ホップの顔は涙でとても綺麗に輝いていました。

どの位の時間走り続けたのかわかりません。もう一歩も足が前に出なくなる程走り続けたホップはついに町に帰ってきました。

町に着いたホップは休む事無くいつもの場所で木箱を開けて言いました。
「採れたての魚だよ!安くて美味しいよ!」今まで自分がもらうためだけに使っていた木箱が、みんなに分けるための木箱に変わったのです。

見た事も無い色々な種類の魚に町の人は驚きました。
「これは美味しそうな魚だなぁ、一匹買うよ」
「町の魚屋さんより新鮮そうだわ、うちは3匹もらおうかしら」

ホップが持ってきた魚はすぐに売り切れました。魚を売ってもらったお金を握りしめると、今度はそのまま果物屋さんに走って行きました。

「このお金で買える果物を売っておくれ」
生まれて初めて、物乞いをせずに手に入れた果物を木箱いっぱいにつめると、1つも食べることなく、すぐに港町へと走っていきました。

「採れたての果物だよ!安くて美味しいよ!」
港町につくと、ホップの果物はすぐに売り切れました。

こうして、与えられるだけで生きていた世界から抜け出した物乞いのホップは自分の力で生きていけるようになり、いつしか何台もの馬車を使って町から町へ魚や果物を運ぶようになりました。



それから何年もの月日が過ぎたころ、馬車で港町を走っていると、道端で木箱の前で座っているひとりの少年に気づきました。

昔の自分を見ているようで心が締め付けられたホップはその少年のそばに近寄って言いました。

「君の名前は?」

「僕、ピースっていうんだ。凄くおなかが減っているから、なにか美味しいものをおくれ。」

おしまい












































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