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#45 暇と退屈を打破するカレーの「内面への旅」

ゴールデンウィークだというのにどこにも出かけられず、暇と退屈を持て余している人も多いかもしれない。

今年は別府に温泉旅行に行くとか、インドでリキシャを乗り回してローカル屋台廻りの旅をしたいとか、前もって計画していたことも全てオジャンになったかもしれない。

しかし、動かなくても旅はできるのではないだろうか。
旅には二種類あり、物理的な移動を伴う形式的な「外面への旅」と、動かなくてもできる「内面への旅」があるのではないか。そんなことを考えるに至ったきっかけがいくつかある。



イスラム教徒の二種類の「旅」

ちょうどイスラム教徒の間でラマダン(断食月)が始まった。ラマダンの期間は月の観測によって決められ、今年は4月23日(木)より5月23日(土)となる。

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先日のnoteでも紹介した『バウルの歌を探しに』(川内有緒)の中で、バウル(一言では言い表せないが、流浪の歌う修行の民)のグル(師匠)が語る言葉に、イスラム教徒の修行についてのこんな記述があった。

イスラム教の修行には”ショリオット”と"マルフォット"という二つの「修行の道」がある。

"ショリオット"とは、いわゆる「外面への旅」、すなわちメッカ巡礼やモスクでの礼拝など、儀式や慣習を重んじる、形式的・物理的な信仰の道だ。
”マルフォット”は逆に「内面への旅」を指す。その道では、表面的な宗教儀式は気にせず、ひたすら自分を見つめることに集中する。
”外面への旅”は物理的な移動を伴い聖地メッカを目指すが、"内面への旅"では自分の中にある"聖地(メッカ)"を探す。


この二項対立を、カレーに当てはめてみたらどうだろうか?

カレーでいう「外面への旅」はわかりやすい。
今まで当たり前だと思っていた生活の中で、僕は自分にとっての「聖地」(それは果たして一番美味しいカレーということなのだろうか?)を外に探して日本やインド亜大陸をひたすら「巡礼」してきた。

また、関東近辺だけでなく、北海道、関西、北陸、九州…。また、仕事の合間を縫っては休みをとり、チェンナイ、ムンバイ、カトマンズ、コロンボ、ハイデラバード、カラチ、マンガロール、ダッカ…。一人で、はたまたカレー仲間と徒党を組んで、高級レストランから家庭のキッチンまで、名店から名の無き店まで。ありがたがってはスパイスの使われるところを旅し、「礼拝」して回ってきた。


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宮崎 ルーデリー

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ケーララ州アレッピーのフィッシュターリー

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ハイデラバードの家庭でいただいたビーフミントビリヤニ


これまで多大な時間とコストをかけて取り組んできたことには大いに意味があると思いたいし、何より自分自身がとても楽しんできた。しかし、イスラム教徒の信仰の道になぞらえるならば、自分の外部にカレーを求め、カレー屋さんを廻り続けることは、ある意味形式的で儀式に近いことなのかもしれない。

一方、カレーを極める道のうえで、形式を気にせず、ひたすら自分を見つめ続けるカレーの「内面への旅」にはどういう意味があるのだろうか。イスラム教徒やバウルのように瞑想し自分を見つめていれば、いつかは自分の心の奥底にある「カレー」を見つけられるのだろうか。しかしそれは、「自分」を探しにインドに行ってしまう若者のように、迷走した取り組みなのではないか…。

そんなことをテーマに、今回はカレーを巡る「内面への旅」についてあれこれ考えてみたい。



哲学ワークショップ「名言の生まれた家」

カレーの「内面への旅」を考えていく上で、「視点をずらしてみる」というのが一つ重要なポイントかもしれない。

どういうことか。普段、私たちが「カレー」を「カレー」として語る時、そこには(少なくとも自分にとって、この瞬間に)固定した概念がある。私たちはカレーそのものを見ているわけではなく、カレーの概念を通して世界を切り取り、目の前にあるものがカレーだと認識している。そこにある種の実験を加え「視点をずらす」ことで、自分が何を「カレー」と考え、何を「カレーではない」と考えているのかを知ることができるのではないか。


そんなことを考えるきっかけとなったのが、哲学ワークショップ「名言の生まれた家」だ。

Twitter上で偶然知ってZOOMで参加したのだが、なかなか面白かったので紹介したい。

詳しくは上記WEBを参照していただきたいが、簡単にいうとこんな感じだ。

1.ZOOMやSkypeなどで集まる。(自分の参加した時は主催者含めて4人)

2.ルーレットである「名言」を選び、自分の家を自分の家ではないと思い込み、その「名言」が生まれた場所であると仮定して探索。自分の家からその名言の生み出された痕跡を探し、仮説を立てる。(20分間)
※名言は、発想が引きずられることを避けるため誰のものかは明かさない。

3.それぞれの仮説を持ち寄り、説得力のあるように紹介する。

4.なぜそういうことを考えたのか、どの説が最も説得力があるか、名言の意味の捉え方の各自の違いについて、などなど話し合ってみる。



ZOOM上で4人が集まる。簡単な自己紹介の後、今回選ばれた名言は

「人は運命を避けようとして選んだ道で、しばしば運命に出会う」

というものだった。


その後20分間の制限時間の中で、家の中を探索する。自分が住んでいる家を他人の家だと思い込み、ヒントを探す。荒らしているような気持ちで懸命にウロウロする。「運命」を避けようとした痕跡はないか。しかし一体、ここでいう「運命」とは何なのだろう…。
自分は何をしているんだろうというなんだかシニカルな気持ちもあったが、自分がよく知っている家のはずなのに、視点を変えてみるだけで段々と今まで見えていなかったものが見える気がした。

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