見出し画像

「鉄の匂い」の原因

鉄に触れた時や、血が出たとき、古典インクを扱っているときなど、「鉄の匂い」は身近にあり皆がイメージしやすい類の匂いですね。

しかし、鉄は固体であり揮発しません。揮発しない鉄に匂いがあるとは良く考えたら不思議なことです。

実は人が感じる鉄臭は、鉄の原子そのものを嗅覚で捉えているのではなく、鉄と皮膚(や粘膜)の成分が接触することで発生する微量の有機化合物に由来するという研究があります。

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/anie.200602100

The Two Odors of Iron when Touched or Pickled: (Skin) Carbonyl Compounds and Organophosphines

Dietmar Glindemann Dr.  Andrea Dietrich Prof. Dr. Hans‐Joachim Staerk Dr.  Peter Kuschk Dr.
First published: 23 October 2006
https://doi.org/10.1002/anie.200602100

この研究では、鉄二価(Fe2+)イオンと人の皮脂成分を意図的に混合してSPME-GC/MSで分析したところ、1-オクテン-3-オンなどのアルデヒドが検出され、GC-Olfactometry(匂い嗅ぎガスクロ)でその成分がいわゆる鉄臭であることを確認しています(※鉄にリンが含まれる場合はホスフィン化合物も匂いの原因になるとのこと)

鉄の匂いと呼ばれるものは鉄そのものの匂いなのではなく、鉄分が何らかの形で皮膚や粘膜に触れ、そこで発生する微量のアルデヒドなどの揮発性有機化合物の匂いだったということです。

ちなみに1-octene-3-oneはこういう化合物です。Molview.orgで作成。(便利)

画像1


このような反応を起こす鉄源としては特に鉄二価イオンなどが該当するので、古典インクなど、鉄イオンを含む水溶液も同じように鉄臭の原因となり得ます。

古典インクの場合、注意深く観察(というか嗅ぎ取り)すると、液そのものや書いた線から匂うというよりも、インクが手に触れた時や、インク交換でペン先を洗っている時などに、どこからともなくふわっと鉄臭を感じることが多いと思います。これらの体験と上記論文から考えると、以下のように古典インクの鉄臭の説明が可能です。


⚫︎古典インクが手についた時の匂いは、古典インクに含まれる鉄イオン(中でも特に鉄二価イオン)が、皮膚の表面の皮脂と反応して匂い物質を生じるため
⚫︎古典インクを洗っている時の匂いは、跳ねた水滴や細かいミストが鼻に入り、そのミスト内に含まれている鉄イオン(中でも特に鉄二価イオン)が、鼻内部の脂肪酸類と反応して匂い物質を生じるため

まとめると、鉄臭は、「鉄が揮発した匂い」という説明では不十分で、より正確には「鉄と皮脂が接触した時に生じる揮発性化合物の匂い」ということなのですね。

そんなことを考えながら洗浄してもらうと良いと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?