マントン - 古き良き時代の世界の町へ 第7回

コート・ダジュール紺碧海岸に、真珠のように連なる珠玉のビーチリゾート……。イタリアとの国境の町マントンは、山と地中海に囲まれた静かな港町。

光舞う旧市街にオレンジ、レモン、オリーブの香りに誘われて光舞う旧市街へ。市庁舎ではジャン・コクトーの手になる「婚礼の間」を、広く旅人にも開放している。

西欧富裕階級の社交場であるモナコ公国からタクシーで30分のマントンは、コート・ダジュールの隠れリゾートだ。

カンヌ、ニースほど俗化されていない。パブリック・ビーチには高級ホテルのビーチ・バーやカフェ・テラスがない。

あるのは、波静かな紺碧の海。白砂の浜。

シーブリーズに揺れる椰子の葉の葉擦れの音。小鳥のさえずり。

中世の港の砦が、今はジャン・コクトー美術館になっている。

代表的なパステル画「恋人たち」のシリーズを見てロビーに戻ると、コクトーの人生の風景を切り取った白黒写真が飾られていた。

そこには、彼が愛した美青年との愛の風景もある。そういえば、パリ市長もゲイをカミングアウトして当選したはずだ。フランスは同性愛者を差別しない国だと、改めて思う。

近くの遊歩道にキャンバスを立てて、海にせり出した美術館を描いている2人の日本女性がいた。1人は栗色の髪の30代。もう1人はシニアで、きれいな白髪が地中海の午後の陽に光っている。

母娘だろうか。

「見ていいですか」

「どうぞ、どうぞ」

2人とも、パステル画だった。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、見ていただいてありがとう」

――レモンの香る道を歩いて市庁舎に行くと、運よく「婚礼の間」は開いていた。

案内してくれた若い女性職員は小首を傾げてちょっとのあいだ言葉を探している様子だったが、結局、

「ノン、フォト=写真は駄目よ」

とだけ言い、小さな手でバイバイして、執務室に戻って行った。

チャペルには誰もいない。

壁にコクトーが描いた、愛の絵がある。

カメラをカバンからそっと取り出す。

構えて、息を止めた。

何となく気が咎める。

シャッターを押さずに、カバンに戻した。

礼拝者のための小さな椅子に座って、しばらくコクトーの絵を見ていた。

階段状の坂道のカフェのテラス席で、カフェ・オレを頼んだ。運ばれてきたカフェ・オレの器は、日本のお抹茶椀くらいの大きさだった。お抹茶をいただくときのように、それを両の掌に包んで飲んだ。

町は黄昏。紫色の空に星が一つ、二つ……。仰ぎ見ながら、「マントンに来てよかった」と思った。

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TEXT & PHOTO by 黒木純一郎
フリージャーナリスト。国内ニュース以外に、
海外取材、撮影、コーディネートを400回以上

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