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多忙に忙殺されてる時に思うこと

問うこと。

私はこの生命の余命を投与してまで、今この瞬間は必要なのか。

もちろん、避けられないものもあるだろうしやってくるものものあるけど。

自分にとって大切なものまで傷つけながら、「忙しい。」を連呼したってナンセンス極まりない。ので、極私的に他人の幸福を祈れない時間と自分の好きな瞬間をおろそかにしている忙しさを迎合していない。

そうやって宣言してたら、本当に生まれるんだよね。嬉しきこと。でもそれこそ、生きてる喜びを感じられると思うのだ。

プーさんはその点やはり達人だ。

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多動している生産性は間違いないがしかし

大きな落とし穴は、エビデンスや結果でしか評価し得ないということ。

それはつまり、評価される、レッテルを貼られる前提でしかアイデンティティを肯定できない脆さを持っていることもお忘れなきよう。

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