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その背中を見送る勇気はなかった

緊張してるの?と聞かれる。今までは電話越しだったけれど、今日は違った。

目の前に座るその人からの視線を、席に座ってからずっと感じる。あんまり見ないでほしい、というといつものように、ふふっと笑われた。

サラダ、取り分けてあげるよ、と手を差し伸べられる。大丈夫だよ、気にしないで、と言ったけれど、いいからいいから、と言われる。そういえば、さっきも自然と店員さんを呼び止めてくれた。声が細くて店内の音にかき消される私の声は使いものにならなかった。気を配ってくれる、良い人。


電話でも会話は途切れがちだったけれど、対面しても途切れがちだった。人と目を合わせるのが苦手なわけじゃないのに、あまりにもずっと見るからおろおろしてしまう。
無言が嫌なわけじゃない。けれど、何を考えているのか分からないから怖くなる。もっと話題振れよ、って思われてるんじゃないか。聞きたいことはたくさんあるのに、なんて質問すればいいの?人に会うのがまるで初めてのような、そんな感覚に陥って頭が勝手にぐるぐるした。


どこ見てんの?と目の前で手を振られる。ほえええっと変な声が出た。ただテーブルの上を見てただけ・・・私の動作を逐一確認しないでほしい。なんでもないから!というと、そう?とにこにこして笑っている。


そろそろ帰ろうか?と声をかけられる。健全な時間。
改札口まで送るよ、と言うのでいいよ、大丈夫、と言うけれど、いいから、とまた断られた。歩きながら、これから予定があるんだよね、といきなりな発言。夜中な時間ではないけれど、夜はもう更けている。先に言ってくれればよかったのに、と言うとさっき決まったからさ、と返された。



じゃあね、と手を振って去っていく。うん、じゃあね、と手を振り返す。
どこまで踏み込んでいいのか、分からない。あなたとの距離感はいつも不安定で。

その背中を見送る勇気はなかった。

いつもたくさんありがとうございますっ!