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湿度80%の悪魔

 部屋の湿度が80%をこえた。
 まだ冷房は必要無い時期とは分かっているが、私はリモコンに手を伸ばして「除湿モード」をエアコンに命令した。
 静かな起動音をたてるエアコンを尻目に、頭がぼんやりとした寝起きの状態で、ぐちゃぐちゃとした部屋とベッドを見る。

 ゴミ山、捨てなきゃなぁ。
 洗濯物の山、なんとかしなきゃなぁ。
 風呂、入ったほうが良いよなぁ。
 運動、さすがにしなきゃなぁ。

 エトセトラエトセトラ。やりたいことやらなくちゃいけないことは、物理的に山のようにこんもりと積もっている。
 だけど私は自堕落な休みを甘受したくて、ごろりごろりとベッドを転がった。
 ベッドはシングルサイズ。更にはぬいぐるみがまたこんもりと積もっているから、転がれるようなものではない。
 柔らかな物体にぶつかりながら私は怠惰を過ごす。

 実際には、本当にそんなことをしている場合ではない。
 先述の家事運動は当然ながら、趣味の方向でも私はやらなくてはいけないことが積もり積もっている。

 例えば今書いている、このエッセイだ。
 私は「湿度が80%の寝室にいるなぁ、ならエッセイ書こうかな」と思い立ってベッドの上でタンタンとスマホで文字を打っている。
 湿度が高いからなんやねんという話だ。
 でも除湿モードを起動してから湿度が74%になったら、過ごしやすさが全然違うなということを改めて実感した。

 少しひんやりしてくる部屋に裸足の足が冷たくなって、またぼんやりと眠気が襲ってくる。
 何度でも言うけど、やることはたくさんある。
 寝ている場合では全く無い。

 とりあえず私は起き上がって窓から太陽光を浴びることにした。太陽というのは健康に良いらしい。
 外は少し暑いけど散歩日和だ。外に出たら気持ちいいぞと、そよぐ風が私に語りかけている気がした。
 だけど私は、絶対に外に出ない。
 エッセイを書かなくちゃいけないし、他にも小説を書いたり短歌を作ったりしなければいけない。
 こんなゆったりと生きていても、意外と忙しい身なのだ。

 本当なら、私は歩きながら文章を考える方が得意だ。
 だけど今のご時世は歩きスマホになってしまうし、作業する時は過集中気味になってしまうので普通に危ない。
 危なかったエピソードとして直近であったのは赤信号に気付かずに道路を横断してしまい、車からクラクションを鳴らされたりだとかだ。
 これは普通に死んでいた可能性があるから、反省している。

 更には私は音楽が無いと何も出来ない。
 正確には雑音が苦手だから音楽でかき消している、という表現が正しいか。
 赤ちゃんの泣き声だとか大騒ぎしている観光客の会話だとか、そういう雑音をシャットアウトして集中して作業することが出来るわけだ。

 で。こうして歩きスマホの上に、イヤホンで音楽を爆音で聴いてる、いかにも危ない人間が出来上がるわけだ。

 なので私はお散歩しながら作業が出来ない。
 先の説明通り、普通に死ぬ可能性があるからだ。
 だから大人しくベッドに横たわりながら、スマホさんと仲良くしている。

 部屋の湿度を見ると66%になっていた。
 さすが除湿モードだ、しっかり除湿をしてくれている。
 重たい空気もなんだかスッキリしたような気がする。
 だけど部屋の雰囲気は重ったるいままだ。
 山のようになったゴミがひとりでに歩きだしてゴミ収集車に乗ってくれるわけでもないし、洗濯物は自分達が洗われるのを今か今かと待ちわびているのに放置されている。

 面倒くさいなぁ、眠いなぁ。
 やりたいことだけをやっていたい。などと思ってしまうのは、実に人間らしくて良いなとは思うけど、多分この自堕落は人間以下になっているだろう。

 それなら、人間じゃなかったら。私が悪魔だったなら。
 七つの大罪を冠する悪魔になれるなら、私は全ての罪を制覇するだろうね。

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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