適した仕事と演じることと

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よろしくお願いいたします。

#青ブラ文学部
#眠り薬
#答え合わせ


【適した仕事と演じることと】

(本文約5,500文字)


「どうぞ、入って」
「これは……想像以上だな。景色もすごいじゃないか」
「私以外では、あなたが初めてよ」
「それが本当なら、光栄だね」
「仕事以外じゃ、嘘つかないわ」
「はははっ、仕事は嘘つくんだ」
「正直者は稼げないでしょ?」
「嘘で築いたお城ってわけか」
「オーバーね。嘘は少しだけ、必要な時だけよ」
「そりゃそうだな」
「この部屋はね、自分へのご褒美なの。だって、趣味も恋愛も全て放棄して、仕事だけを頑張ってきたんだもの……」
「噂には聞いてたけど、君って本当に仕事しかしてこなかったんだな」
「えぇ、そうよ……そんなことより、さあ、約束よ。腕時計は外して、スマホの電源も切ってね。今から三十時間は、社会から乖離したいの。年に二回だけの、自分だけの休日なんだから」
「分かってるよ。でも、君、本当に年間二日しか休まないんだね」
「そうよ、ここはその為だけに用意した部屋……誰もこの部屋のこと知らないし、明後日の朝六時までは、誰も私と連絡取れないの。本当の意味で自由になれる三十時間ね。人と一緒に過ごすのは初めてだけど」



「君みたいな仕事漬けの人生、しかも女性でさ……あ、今はそんな区別したらダメだったね。率直に聞くけど……幸せかい?」
「幸せかぁ……よく分からないの。色んなことを犠牲にしてきた自覚はあるわ。恋愛、家族、プライベート、趣味……私の知らない幸せは、たくさんあるのかもしれないわね。でもね、少なくとも不幸とは思ってないわ」
「負け惜しみ?」
「まさか。仕事は楽しいわ。充実してる。閃きを具現化して結果を求め……それが繋がった時の喜びは、ある意味では幸福とも言えるわね」
「俺には縁のない話だな」
「でも、違ったの。幸せってそれだけじゃなかった。あなたと知り合ってね、幸せのカテゴリーが一つ増えたのよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「理屈じゃなくてね、一緒に過ごす時間にしか感じ取れない感情があって……いえ、そういうものがあるってことに気付いたのかな。それがとても心地良いの。多分、その時の私はね、仕事とは違う種類の幸せに浸れているんだなって思うわ」



「仕事の話はしないって言ったのに……それにね、あなたには向いてないわ。だから、答えはNoよ」
「向いてないって……やってみないと分からないじゃないか」
「そうね、その考えは否定しないわ。でもね、これは私の直感なの。私はね、何より自分の直感を信じて仕事をしてきたの」
「まぁ、『美人カリスマ実業家』の君がダメって言うのなら、無理にやらせろとは言わないよ」
「ごめん、その呼称、やめてくれる? 大っ嫌いなの。美人でもカリスマでも実業家でもないわ。嫌味にしか聞こえない」
「いやいや、君は美人な実業家で、カリスマ性もあるよ。でも、君が嫌なら二度と使わない。約束する。ただね、君の恋人としてさ、あまりにも身分不相応な気もしてね。劣等感なんて馬鹿げたものじゃないけど、君に恥を掻かせたくはない」
「あなたはあなたのままでいいのよ。あなたがどんな人間でも、私が恥を掻くことなんてないわ」
「そう言ってくれるなら、嬉しいね。まぁ、これ以上、無理には頼まないよ。新しい店のことは諦めるさ」
「そうね、それが賢明よ。それにね、あなたはあなたのままでいることが、私の幸福につながるの」
「まぁ、いいさ。所詮、単なる思い付きだし、今が不満ってわけでもないからね」



「ねぇ、あなたにとっての幸せって何?」
「そうだな……不幸じゃないことかな」
「答えになってないわ」
「そうかな? 例えばさ、平等って言葉、知ってるよね?」
「当たり前でしょ」
「でもさ、どこから生まれた言葉か分かる?」
「語源のこと?」
「いや、語源なんてどうでもいいよ。平等って概念がどうやって生まれたのかってこと」
「分からないわ」
「あくまで俺の想像だけど、平等って言葉はね、世の中が元々平等じゃないからこそ、人々が平等を求めて生まれた概念だと思うんだ。公平もそう。元々が不公平な世の中だから、公平な状態を想像し、それを欲し、生まれた概念なんだ。自由も平和も満足もそう。幸福だってそうだと思うんだ。元々人間なんて不幸なんだよ。だからこそ、幸福という『状態』を想像し、求め、概念が生まれ、幸福って表現が生まれたんだよ。ただね、俺は今は不幸ではない」
「人は元々不幸だなんて……そんな考え方、賛同したくないわ」
「そうかな? 生命を得ることは一番の不幸だよ。結末は絶対に死だからね。だからこそ、幸福を求めるんだ。俺はそう思うね」
「でも、それは死が不幸という前提でしょ?」



「ところでさ、その君の直感ってやつによると、俺に向いてる仕事って何だと思う?」
「そうね……あなたは自分を殺す仕事が向いているわね。言い換えれば、演じること」
「はははっ、役者か。それは無理だよ、無理。この顔だぜ」
「役者が向いてるなんて、言ってないわよ。あなたは、演じることが出来るって言いたかったの」
「でもさ、社会人って、誰でも何かを演じているよな。嫌な上司のくだらない駄洒落に腹を抱えて笑ってみたり、心にもないお世辞を、あたかも本心のように言ってみたりさ」
「営業の人間なんて、典型ね」
「でも、俺、営業なんてやりたいとも向いてるとも思ったことないぜ。君の直感も当てにならないな」
「そう言えば、私、あなたの仕事のこと、詳しく知らないわ。ちょっと変わった自営業って言ってたわよね。具体的にはどういう仕事かしら?」
「あれ? 仕事の話はNGじゃないの?」
「今はいいの」
「なら話すけど、君の言う通り、実は俺、毎日何かを演じているんだ」
「どういうこと?」
「いや、仕事そのものは簡単なんだけどね、準備段階で演じ続けるというのか……」
「え? さっぱり分からないわ」
「例えば、ある依頼を請けるとするだろ? じゃあ、どうすれば仕事が上手くいくか、色々と調査をしないといけないんだ」
「それは、どんな仕事でもそうね。用意周到、準備万端、備えあれば憂いなし、なんて言葉もあるけど、ビジネスには不可欠なことね」
「『備えよ常に』って言葉もあるよ」
「初めて聞いたわ」
「オリジナルは、『Be Prepared.』。ボーイスカウトの標語だよ。創始者のベーデン・パウエルが残した言葉らしい。いつ何処で、何が起きても対応出来るように、また、常に人の役に立てるように、心と体と技の備えが大切ってことらしい。もちろん、道具や知識の蓄積、手入れ、計画……あらゆる準備を怠るなってこと」
「良い言葉ね。で、あなたは、そういう『備え』の為にデータを収集する仕事をしているってこと?」
「データ収集か。ま、仕事の大半は、そうとも言えるかな」
「今は、何のデータを集めてるの?」
「今? 今は……ある人物についてね、一通り必要なデータが揃ったんでね、そろそろ仕上げに掛かるところなんだ」
「人物? あ、ひょっとして、あなた、探偵さんなの?」
「近いかな……でも、残念、外れ」
「じゃあ、質問を変えるわ。あなたはその人物のこと、何のために調べているのかしら? 想像付かないわ」
「簡単に言えば、仕事を上手く遂行するため。それに尽きる」
「それはそうでしょうけど……」



「じゃあ、ボチボチと答え合わせといきますか」
「えぇ、そうして欲しいわ」
「何から話そうか……まぁ、人は誰でも、その人なりの生活のリズムってものがあるだろ? 生活パターンと言った方が分かり易いかな? 嗜好や趣味、好み、対人関係、時間の使い方、癖、その他にも色々な要因で、生活のリズムって作られるんだ。そういったデータを集めれば集めるほど、仕事がし易くなる。その為の一番良い方法がね、その人と親密になることなんだ。恋人でも友達でもいい、とにかく信用される関係を築けばいい。遠回りのようで、結果的にはその方が手っ取り早い。しかも、より確実な情報が手に入る。そういった意味でね、毎日が演技なんだよ。そう、君の言う通り、演じる仕事ってわけさ。でも、演技に留めないといけないんだ。つまりね、本当に心通わせてしまうと、仕事がやり辛くなるからね……」



「例えば、メディアにもよく取り上げられる超有名な君でもね、年に二回、そう僅か二回とはいえ、完全なオフを取る。でも、ほとんどの人間は、君の側近でさえ、そんなこと知らない。でも、俺は知っている。なんてことない、君から聞いたからね。情報の収集ってのは、そういうことさ」
「でも、私のこと調べてるわけじゃ……」
「それでね、君はオフの日の前日の夜から、必ずこの部屋で一人で過ごすよね? そして、オフの日の君とは誰も連絡が取れないし、そのことを誰も不審がらない」



「君のことは色々調べたよ。でもね、俺の調査の仕方は探偵とは違って、直接本人から話を聞くんだ。その為に、まずは対象の人物に信用される為の演技が必要になる。君の場合、一年以上演じ続けたことなるね。その情報の中から、一番仕事がやり易い条件を選択するんだ」
「仕事って……」
「つまり、今晩ここで君に何があっても、少なくとも明後日の朝までは誰も気付かない。君と俺の関係を知る人間は少ないし、俺は君の前で、本名を名乗ったこともない。名前に限らず、本当のことは何も話してない。そして、君が一番分かってるだろうけど、この部屋の存在は知られていない」
「……」
「もう、分かったよね? 君の直感は素晴らしい。確かに俺は、演じる仕事が向いているみたいだね」



「参ったわ。もう逃げようがないのね……いつからなの?」
「演技のこと? 出会う前からかな」
「せめて、目的ぐらい、教えてくれる?」
「単なる仕事だよ。依頼をもらい、報酬と照らし合わせて、引き受けてもいいと思った。それだけ。強いて言えば、俺も生活してるからね。仕事はしないといけない。適した仕事かは分からないけど、君の直感通り、演じることは向いてるみたいだね」
「そうみたいね、あなたの演技、見抜けなかったわ……我ながら大したことない直感ね」
「怖がらないね?」
「何故? 怖がらないといけないの? そんなことより……一年以上も騙されていたのよ、信じていた人に。あなたの愛、本物だと思ってた自分がバカみたい。ホント、大した演技ね。あなたに殺されることなんて、どうってことないわ。怖くなんかない……それどころか……どうしてだろう? 不思議なぐらい落ち着いてるわ。そんなことよりね……そうね、何でもない、もうどうだっていいわね。あなたには分からないし」
「いや、何となくは分かるさ」
「フフ、この状態でもね、相手があなただと平気なの。いえ、違うわね、あなたに騙されていたことはショックだわ。そうね、不幸かもしれないわね。騙されたことより、本当のあなたを知らないことがね。でも、可笑しな話ね。あなたに殺されるってことがね、それほど不幸なことと思えないの。まだあなたを信じているのかしら? 本当のあなたを知らないまま死ねるなら、それでいいのかも……あなたの理屈だと、今の私は幸せなのね」
「皮肉な話だね。どうも今回は演技にのめり込み過ぎたようで……逆に俺は、今から君にしなくてはいけないことが、とても不幸な出来事だと感じている」
「じゃあ……」
「もう引き戻せないよ。そろそろ眠り薬が効いてくるさ」
「そういうことね、さっきからとても眠たいわ」
「普段はね、絞殺して自殺に見せ掛けるんだけど、君の首は絞められない。だから、薬にした。完全に眠りに落ちるまで、そばにいるよ」
「見逃してくれないよね?」
「ごめんね、仕事なんだ」



「そっか。仕事を取るのね……残念、チャンスをふいにしたわね。備えよ常に……可笑しいわね、備えが足りてないよ? こんな時だけど私は眠るわ。貴方のせいで眠たいの。でも、多分だけど、私は普通に目覚めるでしょうね」
「すごい自信だな。君が眠ると、この注射を打って仕事は終わり。悪いけど、俺もプロなんだ。躊躇いはないよ。穏やかに死なせてあげる」
「優しいのね。眠る前に一つだけ忠告してあげる」
「取引きには応じないよ。倍の金積まれても、依頼者を裏切ることはしない。でも、折角なので、その忠告とやらを聞かせてもらうよ」
「死が不幸なら、あなたは私が目覚めるのを待って、土下座して命乞いをするべきね。もし私を殺しても、あなたはどうやってこの部屋から出るつもり? まさか普通にドアが開くとでも? 三十五階だから、窓からは難しいわね。明後日の朝、私の秘書が迎えに来るわ。あなたも何度か会ったでしょ? SPも兼ねてる屈強な外国人よ。きっと、彼はあなたを許さないけど、勝てる? ちなみに、私の暗殺を企てたのは、あなたが三人目ね。ここまで来たのはあなたが初めて、褒めてあげるわ。でもね、前の二人は、目を覆うような拷問の末に殺されたわよ。この部屋のこと、本当に誰も知らないとでも思ってたの? そんなメルヘンチックな話、信じたの? 女ってね、時々嘘をつくものよ。仕事以外でも」

「さて、あなたに六桁の暗証番号は分かるかしら? 三回間違えると三十分操作出来なくなるし、それを三回繰り返すと自動的に通報される。当たり前だけど、ドアを壊そうとしても、通報される。それに、出入り口はずっと録画されてるわ。上手く脱出出来るといいわね」
「そんな脅しには……」
「時々嘘をつくって言ったでしょ? 嘘に賭けてみる? でもさ、もし私の話が嘘なら、仕事以外は嘘つかないってことは本当ってことになるけど。なかなか面白いパラドックス問題ね。よく考えなさい。答え合わせを楽しみにしてるわ」

(了)