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カフェ『4分33秒』にて(#毎週ショートショートnote)

(本文433文字)

 一楽章は1/4拍子、♩=1.82、三十秒のtacet。私は演奏に集中する。三十秒間、音を出してはいけない(tacet)指定だ。店内の音に聞き耳を立てる。そして、そのまま第二楽章に突入、♩=0.375、二分二十三秒のtacetだ。超スローなテンポの無音の音楽を奏でていると、客の雰囲気が訝しげに変わっていく。そんな中、女子高生の笑い声が響く。この調和こそ音楽だ。
 そして、最終楽章に突入。♩=0.75とテンポアップし、一分四十秒のtacetだ。私は必死に楽譜を追い、演奏に集中し、無音を奏でる。食器の触れる音、スマホの着信音、椅子を引く音、空調の音、外を走る車の音、クラクション、談笑、咳払い……美しい。この音楽は、もう二度と再現出来ないのだ。一回性の奇跡の連続。偶発性の音楽だ。素晴らしい! 一世一代の完璧な演奏だ!
 そして、三楽章も終了し、計四分三十三秒に及ぶ名曲を弾き終えた。BGMとは言え、我ながら生涯最高の演奏だ。しかし、その演奏を聴いたものはいない。

(了)


先週初参加させていただきました #毎週ショートショートnote ですが、次はいつ書けるかなぁと思っていたのですけど、いきなり得意分野のお題がきましたので、これは書くしかないでしょ! ってことで、二週連続の参戦になりました。