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夢Ⅰ(13)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

第12話:夢Ⅰ(12)

☆主な登場人物☆

♠ ○ ○ ♠

子供達は薬草を取りに行っているのか。風よけの中は、母親と祖父だけだった。枯草の寝床の上に、祖父が横たわっている。

リックは、祖父の顔が見える位置に移動し膝をついた。苦しそうに肩で息をしているが、その目には優しい光があった。リックの鼻息が荒くなる。涙が出そうになるのを懸命に堪えた。

祖父がゆっくりと目でリックを探した。

 

リックは息を整え。祖父の目を見ながら、今見た夢の話をした。

夢の中で「彼」を通して見たこと。感じたこと。崖の洞窟の家族のこと。戦いのこと。崖の棚に辿り着いたこと。

 

「彼」を通してみたものは「祖父の記憶」だった。祖父はしっかりとリックの目を見ながら話を聞いていた。

  

最後に「力」の話をした。戦いながら、相手の背景に見えていた「力」のこと。

 

リックは怒っていた。それは、生まれてこれまで感じたことのないほど、明確な怒りだった。自分を失ってしまいそうだった。

リックは、普通の生活を送ってきた。毎朝目を覚ませば、会社に行き。仕事をして。会社から帰ればTVを見るか、PCでインタ―ネットを使い適当に時間を潰して寝る。程度の差はあれど、一般的な社会の一員だった。こちらの世界に来てから、日常に大きな変化はあったが。他者を、傷つけるような状況はいけないことと。自分の意志で避けてきたつもりだった。だから、影の化け物に襲われた時も、頭の中は逃げることで一杯だった。

しかしそれは、その目的がなかっただけなのかもしれないと、今は思っていた。

リックには、わからなかった。あの戦いの意味が。愛するこの世界をめちゃくちゃにした、奴らに対する憎悪のやり場が。

しかも祖父にとって、これは二度目だった。

 

そして、問うた。相手を生かした意味を。

「力」に操られているだけの存在。中身のない存在だったから生かしたのかと。彼らに責任はなかったのかと。

祖父は、優しい目でふりふりと首を振った。「違うよ。」と。目の中に少し悲しみの光があった。

 

その後、2日間祖父の看護は続いた。それは悲しい戦いだった。

リックは初めて、目の前で親しい者、愛する者が息を引き取るところを看取った。今、目の前にいる祖父は。もう明るく優しい眼差しを向けてはくれなかった。目の前の現実が受け入れられなかった。

目を閉じると、奴らの姿がはっきりと見えた。

 

祖父の亡骸は、崖の棚の片隅に埋められた。

晴れ渡った、風の涼しい日だった。太陽が真上から見下ろしている。

 

リックは、高笑いする奴らの顔が忘れらなかった。心の中に、どうしようもない憎悪が住み着いていた。そんな彼の心の変化に気付いた父親は、何度も。何度も。まるでその気持ちを吸い取るように、優しく額を触れ合わせてくれた。しかし、憎悪は一向にリックの中から出ていく気配はなかった。

 

リックは、もう崖の棚の家族と同じ世界の住人ではなくなっていた。もう、この世界にいる理由を見つけられなかった。

そのことを父親に伝えた。彼は、悲しみを含んだ目でリックの目を見て、こくりと頷いた。彼はリックの中に憎悪を見た。それは、とても強くリックの心に食い込んでいた。

 

その日の夜。リックは、崖の棚の家族に別れの挨拶をし、父親に崖下まで運んでもらった。

「今まで、本当にありがとうございました。」リックは、彼ら家族のいるこの世界を愛していた。父親の首に腕を回し。感謝を伝えた。彼の頬が、リックの背中を優しくさすってくれていた。

 

 

父親と別れたリックは、一直線に戦場跡を目指した。道のりは、記憶していた。すべてが終わった後、もう一度戻って来るつもりだった。

固まった祖父の血が、道しるべのように続いている。リックは、何も考えないように先を急いだ。

 

明け方近く、森の焼け跡に到着した。黒の世界。視界に入る全ての存在が、黒一色に染められていた。根元の残った木は、力を込めると簡単に崩すことが出来た。朝焼けが、空を赤く染め上げている。

リックは、しばらく折り重なる黒々とした木々を分けて進み、戦場となった盆地に出た。

焼け跡の中、綺麗に焼け残った盆地は、戦闘の記憶をあの日のままに残していた。入り乱れる足跡。四足の蹄の後。黒い血の跡。

そして、目的の刃物がギラギラと銀色の光沢を放ち、地面に転がっていた。

リックは、その中から比較的小振りな物を手に取り、その場を後にした。負傷兵を運んだ川辺を目指していた。

 

 

リックの踏み込んだこの世界には、制約があった。

「若草の空地」「影の森」「海辺の洞窟」「動物の森」とリックは、すでに4つの世界を進んでいた。

その制約は、知らず知らずのうちにリックに課せられていた。

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                   ⇒第14話:夢Ⅰ(14)はこちら

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