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夢Ⅰ(34)

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☆主な登場人物☆

Ν Ν V Λ

 一行を振り向いた《水色》の左手には、大事そうに十字型の石が握られていた。はっきりと十字の型をしたその石の放つ、強く青い光は、指の間から漏れ出ると、まるで液体か、または生き物のように大部屋の闇の中で、自由に、その姿を変容させた。
 それは、決して綺麗な光景と呼べるものではなく。一つの姿にとどまることなく、くねくねと姿を変える光に、リックは、背筋を内側からなぞられる様な悪寒を覚えた。
 なので、その十字型の石がいったいどんな代物で、何の役に立つのか全く知りもしなかったが、《水色》から《茶色》の手に渡った石が、袂にしまわれ、光から解放されると、リックはほっと心を撫でおろした。
 

 強い光に心を吸い取られたように、放心していたリックを、近くの《青色》が、そっと現実に引き戻し、一行は入ってきた通路とは真逆の台座を挟んだ先の壁面へと進んだ。
 半球状の大部屋に、穏やかな闇が訪れると、頭上から星々のように、チロチロとした青白い光達が、一行を見下ろし、初めて入った石柱で目にした時のように、あちらや、こちらで代わる代わるに光を灯しながら、囁きあうように明滅している。ヌエ達の手によって作り出された人工の星空を眺め、「もう二度と、本物の夜空を眺められる日は、来ないのかもしれない。」という猜疑や恐怖の心から目を逸らすように、リックは懸命に足を運んだ。
 暗闇の先に壁面の文様が輪郭を現し、模様の合間で遠く微かだった光がはっきりとした光彩を持ち始めると、先頭を進んでいた《水色》が壁面に到達した。

 壁面は、彼の所作で口を開け、その先には、地下へと続く長い長いエレベーターが途轍もなく大きな保冷庫へと続いている。そして、もう二度と。
 リックの記憶が、草原の地下で見たこれから起こるであろう出来事を、流れるように、すらすらとなぞった。

 《水色》は、両手を壁面の文様に触れ、リックたちの前を右に左にと行き来し、立ち位置を細目に変え、時にはつま先立ちで目一杯背伸びをして高い位置にある文様を押さえた。次々と重ねられる所作、段々と近づいてくる、深く深く続くであろう現実に、しかし、リックは心に恐怖を感じることを許さなかった。リックは、疲れていた。
 《灰色》とともに、草原を行かなかった事。
 そして、目の前の《水色》を止めない事。
 崖の棚の祖父の仇を討つために、扱ったこともない短剣を手にした、この復讐が、どういうものなのか、わかっていない訳ではなかった。リックの抱いた怒りは本物で、それはとても重く、果たさない限り歩を進めるごとに重みを増し。そして、リックの小さく、弱い心を事あるごとに擦りつけて、引き伸ばした。

 優しい蛹男に植え付けられた「その先」が、リックにはあるようにはとても思えなかった。

 

 壁面を左から、上に下にと文様を押さえながら、《水色》の動きが目の前の文様で止まるのと、正面の半球状の壁面が姿を消したのは同時だった。その規模は視界一杯に及び。急に口を開いた、異質な空気を放つ空間に、リックは落ち込むような感覚を覚え、平衡を保とうと足が僅かに前進した。生々しい生気を湛えた空気が、体を通り抜ける。押し寄せる濁流の中を、敏感に嗅覚が一つの香りを捉えた、それは、景色を伴わない記憶の断片をくすぐり。リックは意図せず、とても懐かしく、優しい気持ちに包まれた。記憶の元が一体、どこで嗅いだものなのか気になった。それが知りたくて、もう一度、深く息を吸い込んだが。異臭ともいえるような湿気を多く含んだ空気に大きく咽込んだ。
 それでも。一時の安らぎに余裕を得たリックは、目の前の空間が外界に通じていることを理解した。
 悲観にくれていた、先ほどまでの自身と対立するように、前進するという道が急に目の前に現れ、軽くなりだした心をどのように受け止めていいのかがわからなかった。
 《黄色》の話してくれた、「果て無き森」がこの先にあるのか。
 「《黄色》のいない今、僕が、その森に踏み込む資格はあるのだろうか。」暗い思いは根強く、地下へ地下へと向かい、光の指す方角へ進むことを許さない。
 足元に深く広がる冷たい保冷庫を覗こうとでもするように、視線が落ちたとき、誰かの足先が、リックの前に進み出た。
 「ここから先へ、私は行かないよ。」顔を上げると《水色》がリックの前に、トシトシとやって来ていた。彼の瞳は、リックの心を受け止め、輝きに変えて、潤いを添えて包み込んだ。「私は、皆に代わり。《黄色》をここで待つ。」彼らの口から、初めて聞いた《黄色》という言葉。その名は、リックが彼らを区別し、呼びやすいように付けたものだった。《水色》の口から放たれた《黄色》という一言は、他の言葉のなかで、鮮明に浮き上がりリックのためだけに向けられていた。
 「これは、石柱の守り人である私にしかできない役割だから。」と。
 「そして必ず、《黄色》と一緒に。皆を追う。」《水色》は微笑んだ。
 《水色》の背中では、主人を待つ《黄色》の弓と矢筒がコトリと音を上げた。

Ν Ν V Λ

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