00_メイン画

夢Ⅰ(17)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

夢Ⅰ(16)

☆主な登場人物☆

□ ◆ □ ◆

歌を聞き終わったあと。
しばらく、言葉を口にすることが出来なかった。

「いい歌だね。」本当にそう思った。「まさか、君がそんなに素敵な詩を歌えるとは思わなかったよ。」本音が出た。「そうだね。これは、僕の歌じゃないんだよ。」「ここをたまに通る人が、歌っていたんだ。」「君に必要かと思って。」蛹男は、優しかった。爽やかに微笑んでいる。

リックは、ふと蛹男の言葉が気になった。「ここをたまに通る人って。」蛹男は、まだ歌の余韻に浸っているのか。リックの方は見ないで答えた。「うん。顔は見たこと無いんだけど、たまに通りかかるんだ。」「前に来てから、随分時間があいてるから。もしかしたら、もうすぐ通るかもね。」風が通り抜ける、ふらふら。蛹男の顔が明るくなる。「そうだ。その人なら、君が追いかけている人達のことも何か知っているかもしれないよ。」一瞬どんな「人」が通りかかるのか、猛烈に気になった。しかし、「奴らの居場所を知っているかもしれない」という気持ちの方が強かった。藁にもすがる思いだった。まだ、追える。

 

太陽は、頭上を過ぎ時刻は午後に入っていた。随分、話し込んでしまった。リックは、少量の食料を腹に入れ、池の周辺を探索することにした。蛹男は食べ物はいらないらしかった。

滝は、相変わらず大量の水を池に放り込んでいて。池から延びる3本の小川が、わんやわんやと先を急ぐ水達を捌いていた。

池の対岸、ちょうど蛹男と会話をしていた岸の、反対側に差し掛かった時。滝から少し離れた壁面に窪みがあるのが見えた。さっきの場所からでは、滝が邪魔で見えなかったが、その窪みは大人一人が入るのに十分な大きさがあった。リックは、そこでその「人」が通りかかるのを待つことにした。短剣でシダを刈り取り、窪みの中に敷きつめた。

簡単ではあるが、寝床を整え終わると森の探索に踏み出した。心配なのは、食料だった。当てにしていた木の実も、時期のせいか。もともとこの森には生っていないのか。見つけることが出来なかった。「崖の棚の家族」も食料に困っているかもしれないと思った。彼らは、負傷していた奴らにも、保存していた食料を分けていた。それを思うと、空腹も少し我慢できた。

 

夕刻まで続けた森の探索は、空振りに終わり。リックは、蛹男のところに戻ってきていた。蛹男と一言、二言、言葉を交わし。その日は休むことにした。

 

夜中にしとしとと、雨が降り出した。リックの休んでいる窪みは、出口に向かって傾斜していたため、雨水が入ってくることはなかった。雨音は、滝の音に飲み込まれて聞こえて来ない。窪みの中で地面をたたく細い雨を見つめながら。リックは「まるで獲物を待つ獣のようだな」と思った。雨のシルエットだけが上から下へ終わりなく続いていた。

 

雨は、次の日も一日中降り続いた。一度、蛹男のことが気になり、雨のなか様子を見に行ったが、シダが蛹男を雨水から守っていた。ほとんど地べたに近い位置まで垂れ下がりながら、「ひどい雨だなあ。」と空を見上げる蛹男に少しあきれた。ぷらんぷらん。

夜から続く雨により、滝の水量は増していたが。3つの小川は優秀で、ざんわざんわと押し寄せる水達を手際よく捌き、池の氾濫を防いでいた。「まるで、繁忙期を迎えた会社員のようだな。」いらないことを考えていたら、帰りに増量した川で足を滑らせて流されかけた。

窪みに帰ってきたときは、寒さで震え、蛹男を心配したことを後悔していた。足を擦りむいている。ため息が出た。

 

 

温かい風が肌に触れ、リックは目を覚ました。

昨日の夜は、寒さと体の痛みで纏まった眠りを取ることが出来なかった。まだ眠いし。体がだるい。「熱があるかもしれない。」とも思ったが。それよりも、外から吹き込んでくる温かい風が気になった。

雨は、夜のうちにあがっていた。

滝は昨日の雨の余韻を残し、大量の水を池に注ぎ込んでいる。無心で責務に没頭する小川に足を取られないように蛹男のところへと向かった。寒気がする。気持ちを別のことに集中した。昨日と空気が違う。微かだが、花の様な優しい香りがする。心が落ち着く。気のせいだろうか。

蛹男はいつもの場所にいた。シダから落ちてくる雨の雫が顔にかかるのを躍起になって避けていた。世界は、昨日のままだった。リックは、少しほっとしていることに気付き。何を安心しているんだと自分を奮い立たせた。僕は奴らを追っているんだ。

「おはよう。」蛹男の顔に、落ちそうになっている雫を払いのけてやりながら、声をかけた。「やあ、おはよう。いい朝だね。」「あと、ひどい顔だね。」蛹男はリックの疲れた顔に気付き言った。「君のせいでもある」と思ったが、声には出さなかった。「花の香りがしないかい。」リックは尋ねてみた。すると蛹男は思い出したように「そうそう。あの人が来てるよ。」リックは、辺りを確認した。あの「人」が来ている。蛹男が続けた「この池のところまでは来ないから、一番奥の川を下っていくといいよ。」「少し下れば、会えると思うよ。」リックは蛹男に礼を言った。今すぐに、会いたかった。

窪みに置いている短剣を持って行くか迷い、持っていくことにした。また戻って来られるとは限らない。

 

言われた通り川を下っていくと、川辺にその「人」は立っていた。一見すると女性のようなその人は。色の鮮やかな淡い橙色の綺麗なドレスを身に纏い。頭には、花飾りをつけている。リックの鼓動が高鳴った。人間。

相手は、腕を動かし。踊っているのか。拍子をとっているように見える。

リックは、短剣を足元に置き、静かに歩み寄った。

 

腕が動きを止め、気配に気づき振り返る。

目がリックを捉える。

「あら、珍しい。」 

 

「人間ね。」

花弁の様な唇が、歌うように言葉を奏でる。

流れてくる花の香りが、傷んだ心に優しく触れた。

◆ □ ◆ ◆

                       ⇒第18話:夢Ⅰ(18)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?