00_メイン画

夢Ⅰ(19)

第1話:夢Ⅰ(1)はこちら

⇦夢Ⅰ(18)

☆主な登場人物☆

▼ ▲ ▲ △

ハイビーを前にすると、リックの復讐心や怒りに逸る心は鳴りを潜めた。どうやら、彼女の「不思議な力」は相手の心にも影響を与えるようで、彼女との出会いに最初は混乱したものの、その力のおかげで、リックは順序だてて物事を考えることが出来た。

 

自分のものだと思っていた「色々なもの」が、時とともに失われていっているらしいことに納得できたわけではなかったが、それよりも彼女に聞かなければいけないことがあった。

リックは尋ねた「奴らのこと」を。

彼女は、リズムを取っていた体の動きを止め。片手を顎に添え、考えているようだった。目は、まるで品定めするようにリックをまっすぐに見つめていた。

 

リック達のいる原っぱからは、太陽の位置は確認できなかった。空は温かな光に包まれ、まるで時間が止まっているように感じられた。彼女からの返答を待つ間は、時折通り過ぎる優しい風が時の流れを教えてくれた。

 

しばらく穏やかな時間が流れた。ハイビーの目は、まっすぐにリックの様子を見つめている。ひときわ大きな風がリックの頬を撫でたとき、彼女が歌うように話し出した。

 

リックが「奴ら」と呼んでいる者たちは、この世界では「力の民」と呼ばれていること。「力の民」は、とても優秀で、想像できるものは何でも作り上げてしまうこと。そして今では、とても強大な力を持っていること。彼らの目的はとても複雑で、彼女には理解できないこと。また、彼女は彼らの存在を感じることはできるが、会ったこと、これから先も彼らと出会うことはないこと。

「彼らは私に。気付いていないと思うけど。」
「そんなに。暇じゃなさそうだし。」
「言おうかどうか。迷ったけれど。」
「私と彼らは。対なの。」

「二つで一つ。」

最後にこう続けた。「私を殺せば。彼らも消えるかもね。」目は、もうリックには向けられていなかった。体はリズムを取り戻し、強くしなやかに優しくリズムを刻んでいる。

リックは、リズムをとっているハイビーを眺めた。力強く真剣に楽しそうに、リズムを刻むその姿は、奴らの姿とは似ても似つかなかった。

彼女の不思議な力のおかげで、とても冷静でいられた。だから、正確に自分の心を見つめることが出来た。最後の言葉を聞いても、リックはハイビーを傷つけようとは微塵も思わなかった。「僕は、奴らを傷つけたいわけではないのかもしれない。」「僕は、奴らにわかってほしいだけなのだ。僕の気持ちを。」

 

ふいに、彼女とのやり取りの中で怒りとともに薄れていた目的が、輪郭を帯びだした。「奴らを追わなくては。」

「どうすれば、その『力の民』の世界に行けますか。僕は、彼らに会わなければいけません。」リックはハイビーに尋ねた。

彼女は、その問いかけにリズムを崩さず答えた。「通り道なら。教えてあげられるわ。」

 

 

リックは、池の畔の滝のそば、蛹男の居るところに戻って来ていた。ハイビーには、別れの挨拶をしたい人がいることを伝え、原っぱで待ってもらっている。

「君の教えてくれた人に、会うことが出来たよ。」

蛹男は、うつらうつらと半分寝ているのか、かろうじて受け答えしている様子だった。「それは、良かった。」「そのぅ。会えそうかい。」「君が探している人達には。」片目が半分閉じている。「会えるかもしれない。君が教えてくれた人が近くまで案内してくれるよ。」半ば独り言のように答える。「そぅ、良かった。それは。」口角が半分だけ笑顔を作っている。とても器用だ。

「その人を、待たせてるんだ。そろそろ行くよ。」立ち去るときに蛹男がかろうじてと言った声音で、リックの背中に聞いてきた「また。話をしようね。」とても眠そうだ。「必ず戻るよ。」リックは答えた。必ず。

 

ハイビーは、原っぱで体を大きく使いながら踊っていた。花びらに透けた光が橙から赤へ色彩を帯び、きらきらと風の軌跡を表している。リックが近くによると、踊りは小さくなった。「準備が出来ました。」片手には短剣を握っている。奴らの短剣をここに置いていくのは、何か違う気がして持って行くことにした。彼女が傍にいるためか、短剣はリックに何一つ語り掛けては来なかった。

 

「目的の場所へは半日ほど。森を進む必要があるの。」とハイビーは言い、今は、リックの少し前を進んでいる。

歩き始めてすぐに。彼女の話を聞いてから、ずっと疑問に思っていたことを口にした。「これらの世界の制約を、その、受けない方法もあるのですか。」「例えば、あなたのように。」

彼女はその問いかけには「陽の目的を。持つことね。」とだけ答えてくれた。前を行く彼女の顔は見えなかったが、声の調子から微笑んでいるように感じた。

森の中を進んでいると、リック達のすぐ脇を彼女によく似た個体が同じ方向に向かって歩いているのを見つけた。ハイビーが橙を主体にしているのに対して、その個体は青紫を主体としていた。勝手に、彼女は一人と思い込んでいた。「あそこにいる彼女にも、名前があるんですか。」リックは、その青紫の個体について、興味本位で尋ねた。
「あの人もハイビーよ。私は複数で。一つなの。」
「それぞれの考えが集まって。私がいるの。」
「それと今日は。あの人は『彼』よ。」
「気を付けてね。間違えると。私とても怒るから。」
青紫のハイビーは、リックをチラッと睨み、歩幅大きく道を逸れていった。哀れリックは、究極の二択を踏み外した。

 

彼女と進む森は、とても平和で、まるで祝福を受けているように光に満ちていた。

奴らを追うという目的がなければ、このまま、ずっとずっと続いてくれてもいいと思えた。

しかし同時に、奴らを追っていなければ、彼女と出会うこともなかったという事実が。この静かに流れる平和な時間が、これから訪れるかもしれない壮絶な変事を予見しているようで、リックは心を引き締めるように自分に言い聞かせた。

△ △ △ ▼

                       ⇒夢Ⅰ(20)はこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?