千鶴さん写真

ピカレスクスタッフに聞いた「作品と向き合って気付くこと」

 これまで約1年間かけて、アートマネジメント界隈で実際に活動されている方々にインタビューを行うことができました。マルシェの運営や美術館のワークショップ、それから、オークション会社や様々なプロジェクトに関わるオールラウンダーまで、お話を伺う中で、私自身「アート業界で働く」ことの幅広さに気付かされたインタビューとなりました。

 アート業界に関わりのない人にとっては、アートの仕事というのは殆ど馴染みのないものです。興味があっても、なかなか見聞きする機会はないのではないでしょうか。そんな気持ちもあり、約1年かけて「アートの仕事を切り取ること」を1つのテーマとしてインタビューを実施してきました。

 今回は、その1年間の1つの区切りとして、ピカレスクのスタッフ千鶴さんのエピソードをお話したいと思います。きっと「よく分からないアート業界」のなかでも、さらに知られていない「ピカレスクの仕事」。約1年間フルタイムスタッフとして活動してきた千鶴さんに、ピカレスクで働いていて気づいたことをざっくばらんに聞きました。

 2016年に音楽大学を卒業した千鶴さんは、新卒でそのままピカレスクのスタッフとして新生活をスタートさせました。主にギャラリー店頭での接客から始まり、SNSの運用・作家さんとのやりとり・作品の在庫管理…と、運営に関わることは幅広く対応しています。1年とたたないうちに1人で店を切り盛りするくらい、千鶴さんはピカレスクにとってまさに欠かせない存在です。

 次々と仕事をまかされる現場で、環境が変わるスピードについていくのに必死だったという千鶴さん。それでも、ピカレスクで過ごす1年間を振り返ると、大学時代音楽に没頭していた頃とは違う視点で、作品と向き合っている自分に気が付いたといいます。

 千鶴さんがピカレスクで働くうちに特に感じるようになった事は、作品の「パッケージ力」だったといいます。ピカレスクでは店頭での作品販売のほか、マルシェやフリーマーケットにも積極的に参加し、出張販売を行っています。普段のギャラリーとは全く異なる環境に出向き販売を行うなかで、千鶴さんは、どんな環境においてもお客さんに手に取ってもらえる作品のバリエーションに気付いたそうです。

 マルシェやフリーマーケットに出店する際には、単価数百円のものを取り扱う小売りのお店と肩を並べて、アート作品をプレゼンしなければなりません。ピカレスクでは、「ちょうどいいアート」をコンセプトに手に取りやすい作品を多く集めていますが、それは価格の問題だけではないようです。様々な好みを持ったお客さまや、周りの多種多様な商品が集まる環境のなかでも、いまのピカレスクにはその場に耐えられるだけ作品の種類が揃っています。千鶴さんはそれを「キャラ付けがされている」と話していました。

「今回は○○さんの絵と○○さんのお皿、それにポストカードを組み合わせて…」という具合に、その場の雰囲気に適応できるラインナップを考えながら、外部でもピカレスクの空間を組み立てていたそうです。

 ピカレスク流のアートの売り方をまさに現場で体感してきた千鶴さんには、実はもう1つの顔があります。それは、クラシックのソプラノ歌手としての姿です。千鶴さんがピカレスクに来たのは、それまでずっと取り組んできた大切な音楽と少し距離を取るためでした。自分はこのまま音楽の道で生きていくのだろうか、と考え、一度立ち止まるためにも、音楽とは違う文化芸術の世界に身を置いてみたいと思ったのだそうです。ピカレスクでの仕事を通して、千鶴さんは自身にとっての音楽との心地よい関わり方を探っていたのでした。

 昨年末ピカレスクにて歌を披露してくれた千鶴さん(※)

 そんな千鶴さんにとって、ピカレスクを通しての作家さんとのコミュニケーションはかけがえのない体験でした。新しいものを生み出し続ける作家さんとのコミュニケーションを通して、千鶴さんは「表現者の自分」と「鑑賞者の自分」を行き来していたのかもしれません。

 「作家さんと作品は物理的には別なんですよね。だから忘れてしまう。でも、(ピカレスクでの経験を通して)作品を見ながら、その向こう側の作家さんの存在を強く意識するようになりました。」と話してくれました。

 ピカレスクというアートギャラリーは、出張販売の例にもみられるように、販売形態から取り扱う作品のバラエティの多さに至るまで、一般的なアートギャラリーとは異なる運営を行っています。それも少ない人数で、1人ひとりが「自分にできること」を考えながら動いています。今回はそんな大切なスタッフの1人である千鶴さんに、ピカレスクならではの現場の声を聞かせてもらえた気がします。

 千鶴さん、そして、これまでインタビューした方々のお話を通して段々と思うようになったことがあります。それは、アートの仕事をすることは、何も遠い世界の特別な話ではないということです。少し視野を広げるだけで、アートに関わる仕事はこんなにあったのかと、気づくことができました。

 ただ、世の中に数えきれない程の職種があるなかで、「アート」にこだわり続けている人には、やはりそれぞれにアートと向き合う理由があるのだ、とも思います。自身の考えから、新卒でピカレスクに飛び込んだ千鶴さんもその1人でした。そしてそのこだわりは、これまで出会った、仕事を通してアートに向き合う一人ひとりを、何となく特別で素敵な存在にしているような気がします。

※ 2016年12月に参宮橋の店舗にて、スタッフやお客さまを交えて「ピカレスク感謝祭」を実施し、会の終盤に千鶴さんがオペラを披露してくれました。

桑間千里

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