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会計事務所×アートに学ぶ、「アートマネジメントのマネジメント」という考え方

 「アートマネジメント」という時の「マネジメント」とは、結局誰のためのものなのでしょう。アーティストのためのマネジメントなのか、作品の為か、それとも楽しんで下さるお客さまの為でしょうか?答えはもちろん、全て正解です。ただ、「プロジェクトメンバーのため」のマネジメントという発想は、見落とされがちな視点ではないでしょうか。

 アートプロジェクトの現場でしばしば見られるのが、「ひとりの天才とそれに振り回されるスタッフ」の図です。一般企業ではパワハラ・セクハラ・マタハラ等と少しやり過ぎなくらいハラスメントが問題視されているなかで、アート業界では、多くの組織が「業界ならでは」のハラスメント問題に対する明確な答えを見つけきれないまま、日々の活動を継続してしまっているように思います。

 すばらしい作品を生み出すアーティストやプロデューサーのもと、少しでも役に立ちたい・近づきたいと思って集まったはずのスタッフが、「知識が足りないのだから働いて経験を得られるのは本望だろう」とばかりに過酷な環境に追い込まれてしまったり、本人もそれに対して堂々と声をあげられないような状況が、少なからずアート業界には存在しています。

 今回インタビューを受けて下さった宇井彩さんは、少し変わった現場からそんな業界の問題に取り組んでいます。彼女が働いているのは「公認会計士山内真理事務所」、芸術・文化に関わる人や組織をサポートする会計事務所です。会計・税務の専門領域から文化や創造的活動を下支えし、多様な文化活動・経済活動の促進に貢献することをミッションとしています。その中で、宇井さんはスタッフとして、例えば組織の中で実際に経理等の事務を担当している方や、また場合によっては依頼主の方々と直接やり取りをして、日々の税務・会計業務のサポートをする立場として働いています。

 宇井さんは、会計事務所という立場からアートマネジメントに携わる今の職場について、「クライアントが(彼らの本業である)制作や表現に、より時間を費やせるよう、スタッフという立場からでもサポートできる。そして、それによって、より素晴らしい作品や機会が作られていくことにとてもやりがいを感じます」と話します。

 宇井さんがやり取りをするなかでも、クライアント側の経理担当の方々は、その多くが組織の中で意思決定を行う立場の人ではなく、逆に若手とされる層の人たちです。本来は自分の担当領域でないはずの仕事でも、他に人手がなく気付けば労務・法務・経理など様々なマネジメント業務を一手に任される…といった状況に当てはまる方も多いといいます。宇井さんは、税務・会計面においてそうした現場の人たちと直接やりとりをして、不慣れな作業を一つ一つクリアにしていくことで、なれない仕事で過酷な労働環境に陥りやすい立場の人たちが少しでも安心して仕事をできるようサポートしています。

 これまで自身もアートプロジェクトの一員として働いた経験のある宇井さんは、実体験をもって、アートプロジェクトの中で「お金が分かる事」の大切さを感じてきました。せっかく助成金を貰えたプロジェクトでも、しっかりと予算を立てず端から使って足りなくなってしまったものもあれば、トップの人たちが思うままに使ってしまい本来投じるべきところへ投じられなかった結果プロジェクトの本来の目的を失ってしまったものもあったようです。様々な活動を通して遭遇した現場での気付きが、宇井さんの今に繋がっています。

 トップが作品の質を追い求める程、どうしてもカバーしきれなくなってしまうのがマネジメント領域の仕事とそのスタッフです。知識や実力の差が、気付かぬうちにハラスメントのトリガーとなって、健全な組織の運営ができなくなってしまう事があるのです。そうした現場の中で犠牲となってしまうスタッフをもっと大切にすることで、「もっと続けられたはずの活動があるはず」と宇井さんは話します。

 そんな宇井さんは今、自身の活動として、アートプロジェクトに携わるマネジメント側の人々の横のつながりをつくる取り組みも行っています。自分たちの悩みを相談したり、効率の良い仕事の進め方をお互いにシェアしたりと、ゆるく集まれる場として周囲に呼びかけ、定期的に開催しているそうです。

 一言でアートマネジメントといっても、その仕事は本当に様々です。宇井さんのように会計のプロとしてサポートできることもあれば、ギャラリーで販売の仕事や広報をしたりという仕事もあります。いずれにせよ、安定した環境で働ける現場の少ない業界に飛び込む事は、それだけでとても勇気がいる事だと思います。事務手続きのフローがうまく出来ていなかったり、効率化の方法が分からずそのままになってしまっている…というようなことが起きやすい現場で、宇井さんのような第三者の立場からアドバイスをもらえることは、現場スタッフにとって本当に心強いことだと思います。

 また、「仕事の効率化」を組織の内外で相談しあっていくことの一方で、今プロジェクトがどんな状況にあるのか正しく把握するためには、現場での意思疎通はマストです。ピカレスクも私のようなプロボノや、業務委託として働くスタッフが集まった組織ですが、それぞれのバックグラウンドや知識は一人ひとり違います。各々が思う最適な関わり方を組織の中で探りながら「知識・技術の差」になるべく捉われることのない関係性を育むことは、簡単なことではありませんが、組織として新しい可能性を作り出す重要なコミュニケーションだと思います。

 宇井さんのお話を聞いて、お子さんのいるご家庭や、日本を旅行中の外国人など、多方面に渡るお客さまの顔を想像してより良いサービスをつくっていくためにも、「アートマネジメントのマネジメント」の視点を持って活動することを忘れずにいたいな、と強く思いました。

桑間千里

参考:
■公認会計士山内真理事務所
http://yamauchicpa.jp/

■ Wahrscheinlich, Symphoniker?
プライベートでアマチュアオーケストラの運営にも関わっている宇井さん。ここでも、演奏者としてではなく舞台をつくる裏方として、組織のマネジメントを担当されています。
http://ws.lar.jp

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