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「売りたいアーティストは増えている」 〜お寺でマルシェに挑戦する、テラデマルシェの挑戦〜

 上野駅から5分ほど歩いたところにある宋雲院では、「テラデマルシェ」とよばれるイベントが開催されています。お寺ならではのなごやかな雰囲気の中、コーヒーのいい香りが漂い、そのまま奥へと進んでいくと、手作りのアクセサリーやアート・自慢のコーヒーやおかしの集まるマルシェで賑わっています。このマルシェに参加する出展者の方たちは、それぞれ手作りであたたかみ溢れる品物を、自身もイベントを楽しみつつ、周りと交流をしながら販売しています。

 山本さんがこのテラデマルシェを始めたのは2012年。美術の専門学校出身の山本さんは、それまで自身でもアクセサリーをつくって知人の手作りマーケットに出展したりしていました。山本さんは、専門学校の仲間の様子を見聞きしたり自身の制作活動を行う中で、敷居が高く入りにくいギャラリーの雰囲気や、かといって、他に作品を発表できる機会の少ない現状に疑問を感じていたといいます。そんな中、何かできることはないだろうかと考えた山本さんは、「場所さえあれば、自分でもマルシェができるかも」という思いから、アーティストの発表場所を、マルシェという形で、自らつくることに挑戦し始めました。

 テラデマルシェの特徴は、なんといっても「誰でもくつろげる空間づくり」にあります。その理由のひとつとして、お寺ならではの環境が、販売だけでなく会話も楽しめるマルシェの雰囲気にとてもマッチしていることは、もはやいうまでもありません。境内の中でも、庭のスペースだけでなく、思い切って建物の中まで出展者に貸し出したことで、靴を脱いで畳の上を歩くスタイルで買い物が楽しめる空間ができ、自然と参加者同士の会話も生まれるようになりました。

 また、テラデマルシェの空間づくりでもう一つ忘れてはいけないこととして、「手作り市」という、ゆるくも自発的なコミュニティづくりがあります。アーティストの発表場所を増やしたいという思いからこのマルシェを始めた山本さんは、活動を始めた頃は、ギャラリーに近いイベントを企画・運営されていました。手作り品を中心に出展者の店舗が集まる現在のマルシェ形式とは違い、アーティストによるお寺での展覧会や、ライブイベントを実施したこともあったそうです。ところが、作品発表の場としてはあまり応募者が集まらず、アーティストの意向に沿う形態を模索した結果、「作品を売る場所」に特化した現在のマルシェになっていきました。現在のテラデマルシェは、これまで殆どの運営の仕事をお一人でされている山本さんが、肌で感じてきたアーティストの声に寄り添った結果だったのです。なかでも、「売りたい作家は増えていると思います」という山本さんのコメントは、とても印象的でした。

 そして、そんなマルシェの雰囲気づくりの鍵となっているのが、出展者選びです。毎回200ほどの応募が集まる中で、山本さんは一人で50の団体・個人に出展者を絞らなくてはなりません。せっかくの応募者の中から参加者を絞らなくてはならない作業は、一人で運営する中でもかなり大変な作業です。そこで、参加者を選ぶ際には、「自身の制作活動でやりたいことが伝わってくる、自発的な団体・個人」を選ぶようになったといいます。その結果、テラデマルシェでは、自発的な参加者同士のコミュニケーションが多く、他のイベントに参加者をスカウトする人もいるのだそうです。全てを主催者から与えるのではなく、チャンスを活かしてくれる人を集めていくというスタンスが、テラデマルシェに自然発生的にゆるやかなコミュニティをつくり、参加者・お客さんの間の自発的なコミュニケーションを生むなごやかな空間づくりにつながっているのでしょう。

 最後に、テラデマルシェを通して「アーティストの発表場所の少なさ」という自身の問題意識と向き合ってきた山本さんに、今後さらに挑戦したいことを聞いてみました。山本さんにとっての次のステージは、「マルシェで出逢ったアーティストと一緒に、作品との出逢いを一期一会でなく、また会える関係にしていくこと」なのだといいます。テラデマルシェを通して、出展者同士だけでなく、当日訪れるお客さんとのコミュニケーションについても考える中で、もっと継続的に作品を置いておける、雑貨屋さんのような空間をつくろうと考えるようになったのだといいます。ちょっと前までに比べれば、様々なアート普及の活動は増えており、アートに対する敷居は徐々に下がってきています。そのような流れの中で、お客さんのみる目も少しずつ養わられていって欲しいと、山本さんは考えています。

 現在は「手作り」のものに広く焦点を当てて、一般のお客さんにとって参加しやすい雰囲気づくりを行っているテラデマルシェですが、そのような広くアートと呼べる作品たちとのマルシェでのカジュアルな触れ合いは、アートを自分の中で消化していくための第一ステップなのだと思います。そこから、自分にとっての良い作品を見つけ出す、長い長い旅が始まるのではないでしょうか。これは、ピカレスクでのアートとお客さまの関係にも当てはまることだと思います。

 出展者とお客さんに丁寧に向き合う山本さんのもとには、ボランティアで運営に参加するご友人がいつも集まります。ゆるやかなコミュニティを育みながら、自分だからこそできる活動を続けてきた山本さん。「アーティストに発表の場を増やしたい」という気持ちが、いつの間にかマルシェという形になって、「作品発表の場」から「売る場所」として発展していったことはとても興味深い発見でした。敷居の高いギャラリーでは拾えなかった、アーティストたちの素直な声が集まった結果として、お寺から新しいアートのあり方が生まれてきているのだと感じました。これから一体どんな声を聞いて、どの様に発展していくのか、今後のテラデマルシェの活動も今から楽しみです。

桑間千里

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