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こどもにやさしい「アートへの入口」のつくり方

 9つの文化施設が集まる上野公園には、東京都美術館と東京藝術大学が推進役となって活動を行う「Museum Start あいうえの」というプロジェクトがあります。2012年にリニューアルした東京都美術館は、「展覧会を鑑賞する、子供たちが訪れる、芸術家の卵が初めて出品する、障害をもつ人が何のためらいもなく来館できる――、すべての人に開かれた『アートへの入口』」となることを目標として掲げています。(東京都美術館公式ホームページ 美術館の概要 使命と4つの役割: http://www.tobikan.jp/outline/mission.html )そんな美術館と大学が推進役を担い、9つの文化施設*が連携して、こどもたちのミュージアムデビューを応援しているプロジェクトが、この「Museum Start あいうえの」なのです。

 * 東京都美術館、東京藝術大学の他、上野の森美術館、恩賜上野動物園、国立科学博物館、国立国会図書館国際子ども図書館、国立西洋美術館、東京国立博物館、東京文化会館(五十音順)

 そして、その活動の一つとして、ミュージアムの楽しさを伝える「あいうえのファミリー」という、こどもとその保護者を対象にしたワークショップが実施されています。そこで今回は、ピカレスクでこども向けワークショップを担当しているインターンさゆみさんと一緒に、この「あいうえのファミリー」の様子に1日密着させてもらいました。

 今回参加したのは、「あいうえのファミリー」の中の上野公園の複数の施設が連動して行う「うえの!ふしぎ発見:アニマル部」というもの。アートにまつわるワークショップのはずなのに、「アニマル」がテーマってどういうこと?と思いつつ、当日集合場所に行ってみると、そこにはなんと恩賜上野動物園の飼育担当の方が。続々と参加する親子が集まると、Museum Start あいうえの の担当者から早速今回のワークショップについて説明が始まりました。

 「今日は、自分を守ってくれる動物を想像してみましょう!」と、活動についての説明が始まると、こども達はワクワクした様子で話を一生懸命聞いています。実は、今回のワークショップは、上野動物園と連携して「本物の動物と作品になった動物に会いに行く」というもの。東京都美術館にて開催していた「開館90周年記念展 木々との対話−再生をめぐる5つの風景」という展覧会に展示している彫刻家の土屋仁応さんによる作品(写真下)を鑑賞し、その後、上野動物園の本物の動物を観察、最後に「自分を守ってくれる空想上の動物」をそれぞれ考え、クスノキの木片に描いて発表するというものでした。まさに、文化施設の集まる上野公園エリアでの「Museum Start あいうえの」だからこそできる、見て触って考えながら楽しめる企画です。 

土屋仁応さんの作品を囲むこども達

上野動物園で実際の動物と触れ合う様子

「自分を守ってくれる空想上の動物」を木材に表現したものを最後に発表

  そんな今回の「アニマル部」には、総勢13組26人の親子が集まりました。こどもと大人はそれぞれ3チームずつ計6チームに分かれ、最後の作品発表まで別々に行動します。合計4時間ほどに及ぶワークショップでしたが、どのチームも最後まで、アートの世界を集中して楽しんでいるようでした。 

 そして、そんなワークショップには、「Museum Start あいうえの」の運営スタッフによって考えられた、こどもも大人も満足できるワークショップの掟が詰まっていました。今回は、1日密着して分かった、「アートへの入口」のつくり方についてまとめてみたいと思います。

 まずは、ワークショップを1日一緒に過ごすためのチーム構成について。今回のワークショップはこどもと大人で活動を分けていましたが、これには大切な理由があります。それは、日常生活の関係性(親子関係など)を切り離して、普段の自分の役割やスタイルをなるべく解放することで、柔軟な発想・発言を促すということです。また、こども・大人というだけでなく、チームを構成する際には学年の違いや障がいの有無などを考慮したバランスの良いチーム構成を心がけます。今回は小学校低学年から高学年まで、年齢に差があり、またワークショップの活動内容から年齢の近いこどもを1チームにする工夫がみられました。また、障がいのあるこどもが参加する際には、事前の登録フォームに書かれた保護者からの情報を参照し、どんな特性のあるこどもが参加するかをワークショップ担当者が把握したうえで、チームの構成を決めていくのだそうです。事前に細かくチーム構成を考えておくことで、当日初対面のメンバーが集まっても、スムーズに進行できるように工夫が凝らされていました。

 また、会場となる空間づくりもワークショップを行ううえでは大切なポイントです。こどもを対象にしたワークショップの場づくりで特に重要なのが、「キーとなるメッセージは視覚で伝える」ということです。例えば、今回のワークショップのテーマ「自分を守ってくれる動物を想像しよう」や、鑑賞の際に気をつけて欲しいポイントは、全て大きな紙に書いてわかりやすく見せるようになっていました。好奇心旺盛なこども達が美術館や動物園に行けば、本来見て欲しいこととは関係のない、色々なことが気になってしまいます。そこで、何度も繰り返し目と耳で情報を伝えることで、こどもたちはずっと集中してワークショップを楽しめるようになりました。

掲示物を用意してこども達に説明をする様子

 そのほかにも、部屋のレイアウトには細やかな配慮がありました。こどもチームの机は低いもの・大人チームは高いものと予め分けることで活動に快適な環境をつくっていたり、部屋の中心に制作に使用する木の良い香りがするクスノキの木片と生き物図鑑を並べることで、こどもの好奇心を掻き立てる工夫があったりと、ちょっとしたレイアウトの工夫が集中できる空間を作り出しているようでした

机の高さやレイアウトにも細やかな気遣いが詰まっています

中央には展示室で見た作品の素材と同じクスノキの木片の山と図鑑が並びます

 また、「美術館で作品になった動物をみて、動物園で実際の動物に触れ、そして自分で想像する動物の姿を実際に作品にする」という流れで進んだ今回のワークショップでは、その中で、先述したようなチーム構成や場づくりの工夫が生かされるようなコンテンツが各所に用意されていました。

 例えば、美術館の作品を鑑賞する際には、大人チームとこどもチームで活動内容は全く異なるものとなっていました。こどもチームには、動物園の方から彫刻の隣で動物の写真を見せながらこども達との対話が行われます。「この彫刻の耳はどんな動物に似ているかな?」「どうして目が横についているんだろう?」などと、毎日動物を扱っている専門家ならではの問いかけにこどもたちの想像力は掻き立てられ、鑑賞が進むにつれてどんどんと手が挙がっていました。鑑賞の最後には「このしっぽはゴジラみたいだよ!」などと生き生きと会話するこども達の姿がとても印象的でした。

 一方、大人チームでは、美術館の学芸員さんから作品にまつわるお話がされていました。こどもと違い大人の場合は、対話を通しての自由に鑑賞していくことが短時間ではなかなか難しいため、まずは作品に関心を高めていく情報を伝える時間をつくるのだそうです。学芸員さんが作品について紹介をし始め少し概要が分かってくると、作品を見ながら「この目はどうやって埋め込まれたのか?」「どれくらい時間がかかったのか?」などといった質問が出てくるようになり、同じ部屋にいながらこどもと少し離れた環境の中で、作品世界を楽しんでいるようでした。

作品を前に動物園の飼育担当の方の話を聞くこども達

 こうしてワークショップを通してみられた細やかな気遣い・工夫の数々は、結果、26人のお客様を笑顔にする4時間をつくりあげていました。ワークショップ中、学芸員さんにこどもを対象にした企画で一番大切なことを聞いてみると、「こどもに身体的にも心理面でも安心・安全な空間だと感じてもらうことです」と教えてくれました。

 これまで「企画を楽しんでもらう」ことばかりに気を取られていた私にとっては、そんな本来大前提ともいえる視点はとても意外な答えでした。確かに、特にこどもにとっては、知らない場所・知らない人というのはそれだけでとても不安に感じるものです。そう考えてみると、チーム構成・場の設計・コンテンツの進め方など、事前準備の段階から運営スタッフによって考えられた気遣いの多さには納得でした。

 今回「うえの!ふしぎ発見:アニマル部」を見学して、一つのワークショップを通した「アートへの入口」のつくり方を学ぶことができました。美術館の立地や展覧会の特徴を生かしたコンテンツ自体の面白さも勿論大切ですが、こども向けワークショップの成功には、まずはこどもに安心してもらうための細やかな工夫が欠かせないのです。そして、そう考えると、ピカレスクという少し特殊なギャラリーにおいては、一層安心してもらうための工夫が必要です。今回気づいた工夫の数々と、ピカレスクならではのアットホームな雰囲気や、作家さんの作品が持つ魅力を生かして、こどもが笑顔になるような企画をこれからも考えていかなければと改めて感じました。

参考:Museum Start あいうえの公式ウェブサイト
 http://museum-start.jp

桑間千里



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