帰り道、ひとり

 23時過ぎ、地下鉄東西線三条駅改札 。

「そんじゃあな」

「うん、また」

「また」

 高山の姿を改札から見送る。奴は振り返らず階段に消えていく。滋賀への終電が近いとは言え、振り返って手を振るくらいしたってええんちゃうんかな……そう思わないでもないけど、まぁ、日が暮れる前に集まって今まで駄弁ってきた訳だし、まぁ、いいんだろう。 それぐらいで。

 改札からゆっくり向き直って京阪の改札にゆっくり向かう。自分には酒が入ると誰も見ていないのにわざとおどけて緩慢に歩く節があるように思う。その方がなんか、幸せに見える気がするからだ。せっかく演技体質の話もしたんだからこの話もすればよかった。

『ふーん』

 お前のその手の愚痴なのかメンヘラなのか漫談なのかわからん話はもうええよ、という高山の表情と雑な相槌が思い浮かぶ。いやどうだろう。案外深堀りされて俺が困る方に追い詰められるのかもしれない。

「ほなそれはどないしますんや」
「わははは」

 酔っ払いサラリーマン二人とすれ違う。会社の同僚か昔馴染みなのか、よく分からないが何か幸せそうだ。あの年代の人の友人関係ってのは分かんねぇなぁ……そう考えて直ぐ思い直す。あの年代って言いながら俺たちももう23とかだ。そもそも酔っ払いを見て酔っ払いだな~とか思ったけど俺だってすっかり酔っ払いだ。そうだ俺はもう外で堂々と酒を飲み、酩酊状態で夜の街を歩ける年齢になったんじゃないか。それももう2年以上前に。時が流れるのは速すぎる、俺はまだ自然と自分のことを子供の側にいると思いつづけている。

「ぴよっぴよっ」

 ピタパを押し付けて京阪の改札を通る。子供料金を示す自動改札のメロディーはもうとっくに鳴らないので代わりに自分で口ずさむ。このピタパの引き落としは親父の口座からだ。父親の金で関西の電車を乗り回す、やはり幾ら電車料金が大人になったと言ったって、ぴよぴよが鳴らなくたって、自分で払ってもいないのだから俺は子供なんだろう。

「やべっ」

 ついうっかり淀屋橋方面のホームに降りかけ踵を返す。何度来ても三条の駅の構造にはなれない、やはり京都はカスなのだろう。何だって三条のホームは別れているのか。そして何だって出町柳方面のホームは陰に隠れているのか。

 俺だけが阿呆なんじゃない。いや俺だってこの間違えをしかける度に自分はバカなのか?と思っていたが、前の呑み会帰りに杉本と二人して間違えた時から完全に俺ではなくこの駅のせいだと思っている。多分Twitterでアンケートとかとったら皆共感してくれる。取ろう。

 出町柳方面のホームに降りるとベンチに座り込みスマホを開く。LINEは来ていない。Twitterの通知もなし。淋しい。京阪は電車の中でもホームでもWi-Fiが飛んでいるのが偉い。電波の接続を済ませるとTwitterを開きアンケートツイートをする。三条駅を利用したことのあるフォロワーは何人くらいだろうか。5人くらい答えてくれると良いな。TLの様子を伺うもあまり賑わってはいない。杉本にLINEしてみるか。いやアイツももう新卒社会人だ。忙しい中に連絡することもない。

「東京なぁ」

 どうせ二人共京都に居たのに何故もっと会っておかなかったのか。今更になって思う。高山だって来年から社会人だ、今日みたいに簡単に会う訳にはいかなくなってくるんだろう。医学部組は国試が近い、鈴木は司法試験が近い。あれ?気軽に遊んでくれる奴ってもう居ないのか? 

 出町柳行きの特急が来る。ダブルデッカー。ふわふわの席。高校生の頃からのお気に入り。一階席の階段下で友達のスティール・ボール・ランを借りて読んでいたことを思い出す。ノスタルジーは良くない。

 呑み会別れの寂しさか、子供から愈々皆社会人になってしまうことの恐怖か、ノスタルジーか、あるいは自分だけ何も進路が決まっていない焦りか。急激に腹が痛くなる。何でもない何でもないとイヤホンを耳にはめ、ふかふかの席に座り込む。今日は辛い。叡電に乗って帰ろう。歩いて10分の道のりを200円と少し払って電車に乗る。正気で出来る贅沢ではない。でも良いんだ、支払いは父親の口座だから。そう納得して瞳を閉じる。面倒ごとは考えないに尽きる。

 そしてその日俺はピタパを三条に置き去りにして出町柳の駅員に謝ることになった。

(終)

あなたのお金で生きています