見出し画像

砂漠楽劇(デザート・オペラ)

 香が薫る。夜更にも部屋の中は仄かに明るい。シヴァの王の臥所は、その栄華の暮れと言えど比類なき美しさだった。

 下腹部の違和感に王は目覚めた。宮中の、それも王の寝所に入り込んだ者がいる。動揺を押し殺しケットを跳ね除けた。

 そこには自らの娘、蛇の牙と謳われる第2姫アルザーバがいた。王を見つめている、実の父の性器を咥えて。

 王はおぞましい光景に一時だけ動揺したが、何が起きているかを悟ると瞳を閉じた。父の覚悟を確かめ娘は肉親の一部を噛みちぎった。悲鳴も上げず最後の王は絶命した。勇猛とも聡明とも讃えられなかった王だったが、王国の歴史の末を醜く飾ることはなかった。

 口内に溢れる血を啜る。為したことへの嫌悪と離別の悲しみに打ち震える。耐えきれず、彼女が信仰する幾つかの精霊に祈ろうとし……止めた。今や自らの傍らには魔神しか居ないからだ。

 寝所を出ると2人の侍従がアルザーバの偃月刀を携えて待っていた。その刀を取り、口に残った血を吹きかける。月光に煌めく血塗られた刃が、侍従の首を刎ねる。アルザーバの乳母の娘であり姉妹同然に育った2人だった。

 今やアルザーバは鬼神であった。いつのまにか瞳は凝縮し白目は黒変していた。その耳が叫び声を捉える。城門がたった今破られ南方の異民族が宮中に侵入したのだ。しかし城には殆ど誰も残っていない、夜闇に乗じて第1姫が皆を率い北方の同盟都市へ逃げたからだ。姉は新たな指導者となりシヴァの血脈を続ける。妹はこの出奔の殿だった。

 蛇の牙は1人立ち尽くし敵を待つ。魔人の瞳を見た兵士達は発狂し彼女の下に殺到する。幾筋も走る剣や槍の軌跡を全て躱し刀で首を断つ。操り人形のような人外の動き。無限に湧き出る人間を造作なく殺し続ける。



 宮殿は朽ちた。残った死体の山には生命が寄り付かず、ただ砂漠の乾いた風に晒されていた。そして蛇の牙の肉体を除く死体全てが砂に消えた日、彼女は再び目を覚ました。


「姉さま……」

(続く)

あなたのお金で生きています