言葉を発すること

日本語はとても難しいなと改めて思う。
こうやって文章を書くこともそうだが、一つ一つの言葉を発することが難しい。僕はピラティスの指導者をしていて、グループレッスンでは言葉で複数人の方を誘導して、複数人の方が最適な身体の状態でエクササイズが出来る環境を作っていく必要がある。

例えば、仰向けの姿勢で腕を天井に上げてと言うと天井にあげる方と仰向けのままで頭の方向へ持っていく方もいる(腕が顔の横)それは脳の認識上、立っている時は頭の上に天井があるから空間認識でふと、聞いた言葉がそこの位置を示しているのだと思う。

声のトーンや語尾をどの様に発するかで捉え方も変わる。ピラティスは呼吸をしながら動くので呼吸の誘導をすることも僕の役目だ。語尾に関しては呼吸の誘導でもっとも言えることだが、語尾の使い方によって呼吸が苦しくもなれば、その人にとって最大に呼吸することもできる、

レッスン中にこれはこうじゃないぞ?こうじゃないか?と常に自問自答していて、あの時の声かけをこうしておけばよかったと思ったり、こう言えばうまく動けたのではないか?と後で後悔することもある。改めて言葉の難しさを痛感している。

本をたくさん読むことで引き出しを増やすこともできるだろうし、常、日頃から耳を大きくしている必要もあると思う。相手の方にもっと寄り添う必要もあると思う。

少しズレるが、言葉でやる気にさせり、ポカポカと幸せになることもある。逆に簡単に傷つけたり、イライラさせたり、言葉で人を殺すこともできるだろう。
今は発しなくても視覚で言葉を捉えることもできる。耳で聞くこともそうだけど、視覚で見た時の辛さや幸せな気持ちは視覚で捉えてしまうので印象に残る気がする。

何気なく発している言葉だけど一つ一つの言葉に意図をもって言葉を大切に扱える人になりたい。

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堀江 卓嗣

ピラティストレーナー/ボディワークセラピスト。岐阜市長良福光にあるピラティスルームで個人セッションやグループレッスンをしています。愛知県や企業に向けた出張レッスンも行なっています。地に足をつけて凛々しく穏やかに。 HP→http://pilates-gifu.com/
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