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漫画家・桂正和が語るオーディオ愛と創作。AIの時代に、クリエイターはどう生きるか?

『ウイングマン』『電影少女』『I”s』『ZETMAN』など、各年代でヒット作を生み続けている漫画家の桂正和さんは、無類のオーディオ好きとしても知られ、近年はイヤホン・ヘッドフォン専門店『eイヤホン』にイラスト提供も行っている。

そんな桂正和さんに、オーディオやイヤホンとの出会いや魅力を語ってもらった。話は創作論にまで広がり、昨今話題のAIについてや、AIが普及した後のクリエイターに何が求められるかといったテーマにまで発展していった。

<文:山田宗太朗/編集:小沢あや(ピース株式会社)>

<桂正和さん プロフィール>
1962年生まれ。福井県出身。漫画家。1980年、『ツバサ』で第19回手塚賞佳作受賞。
1981年、『週刊少年ジャンプ』にて『転校生はヘンソウセイ!?』でデビュー。『ウイングマン』、『電影少女』、『I”s』、『ZETMAN』など数多くのヒット作を生み出す。
アニメ『TIGER & BUNNY』のキャラクター原案&ヒーローデザインをつとめるなど、漫画以外のジャンルでも活躍している。


漫画家・桂正和の原点はオーディオ機器?

「桂さんが漫画家を目指したきっかけは、新人賞の賞金でオーディオ機器を買おうとしたこと」という話は、ファンの間では有名だ。中学生だった桂少年は、当時流行っていたフルセットのコンポーネントステレオがどうしても欲しかった。

「もちろん当時は音質なんてわからないから、コンポの金属質な感じとか、メカっぽさに惹かれたんです。ラックもスピーカーも含めて、トータル的にデザインがかっこよく見えたんですね」

そのコンポの値段は、約55万円。とても中学生に買える値段ではない。どうやって手に入れるか思案していたとき、たまたま手にした「週刊少年ジャンプ」が主催する「手塚賞」の賞金が50万円だと知り、漫画を描き始めた。

「『これで買えるじゃん!』と思って。たくさん漫画を読んでいたわけではないけれど、絵を描くのは得意だったんです。それが、いざ漫画を描き始めたらだんだん楽しくなって、毎年応募するようになり、高校時代は勉強そっちのけで授業中にも漫画を描いていました」

そうして高校3年時にめでたく入選し、19歳頃から漫画家としてのキャリアが本格的に始まった。しかし結局、コンポは高校の入学祝いとして親からプレゼントされたそうだ。

「衝撃を受けましたね。以前はソノシート用のプレイヤーで聴いていたから、音質が段違い。『プレイヤーの針を変えると音質が変わる』なんてことも知り、小遣いを貯めて針だけ買ったりしていました。このあたりから少しずつハマっていくんですね。ただ、まだこの頃は、ヘッドフォンやイヤホンの概念はありません」

ヘッドフォン・イヤホンとの出会い

ヘッドフォンとの出会いは、漫画家としてのキャリアがスタートした頃。家電屋のオーディオコーナーでヘッドフォンを見つけて「一度、ヘッドフォンというのを試してみようかな?」と手に入れたのが、ドイツの音響機器メーカー「ゼンハイザー」のヘッドフォンだ。

「感動しました。ひとつひとつの音が分解されて聴こえて、立体感があったんです。そんな体験は初めてでした」

以降、新たなモデルが出るたびに購入し、10数年間ゼンハイザーのヘッドフォンを使い続けた。特に、2009年に発売されたハイエンド・スタジオモニターヘッドフォン「HD800」は、「これ以上の音はない」と愛用していたという。

ちょうどその頃、ネットサーフィンをしている折、イヤホン・ヘッドフォン専門店の「eイヤホン」のサイトを見つけた。これがイヤホンとの出会いだった。

「とてつもなくたくさんイヤホンを売っている店だという印象でした。そのときにひとつ、海外製の知らないメーカーのイヤホンを買ったんです。いい音ではあったけれど、さすがにゼンハイザーのHD800ほどではなかった。ただ、それからeイヤホンのサイトを覗く習慣ができました。そうしていろんなイヤホンを買うようになったんです。『どれだったらゼンハイザーを超えられるか』と試してみたくなって」

特に気に入ったイヤホンは、Oriolusのtraillii JP(https://www.e-earphone.jp/products/detail/1256203/2069/)と、VISION EARSのPHÖNIX(https://www.e-earphone.jp/products/detail/1378646/)。

「traillii JPは素直で優等生。どの音域もクリアにしっかり聞かせてくれるんです。透明感があって分解率もいいです。ただ、ちょっとパワーが足りないんですね。だからこの数年、普段使いとして外出時に愛用しているのはPHÖNIXです。音の分離感と粒立ちが凄まじくて、音場(音が広がる空間や場所)も広い。至福の音です」

イヤホンは各メーカーごとに「味付け」が異なっており、どれも個性が違う。桂さんはその個性を味わいながら、家ではいくつかのイヤホンを使いわけて音楽を楽しんでいる。その点、ピヤホンの味付けは「PHÖNIXに似ている」という。

「非常にナチュラルな感じがするんです。透明感があるというか、空気が澱んでいない。その上で低音域もしっかりしている。もちろん値段が全然違うけど、PHÖNIXの分解率と粒立ちに肉薄する音を出していると感じています」

桂さんの言葉を借りれば、外出時にイヤホンを使用すると「外音に負けて低音が死ぬことが多い」。特に電車や車の中で低音を聴き取ることは難しい。ところが、ピヤホンは低音がしっかり出ているため、そういった外音に負けずに低音が残る。

「ピヤホンは、通勤電車内など、外で頻繁に使う人に特に好まれるイヤホンだと思います」

AIのベースになるような個性を磨け

オーディオ機器好きが高じてeイヤホンとのコラボイラストまで描いている桂さんは「オーディオ界隈のお仕事も、募集中です(笑)」と笑う。eイヤホンの公式YouTubeチャンネルにて、ピエール中野との対談も行っている。そんなふたりの出会いは、Clubhouseだったそうだ。

そんなエピソードを聞くと、日頃から技術の進歩や世間の空気にアンテナを張り、積極的に新たなネットサービスなどを取り入れているのだろうと推測してしまう。

振り返ってみれば、桂さんの代表作のひとつである『電影少女』(1988年連載開始)は、レンタルビデオ店とビデオ文化を作品の背景にしていた。

レンタルビデオ店が全国に普及したのが1980年代後半頃だから、桂さんは当時の流行をいちはやく漫画に取り入れた作家だったと言える。ところが本人は「気にはしているけれど、積極的というわけではない」と言う。

「なんとなく知りうる範囲内で考えてはいるけれど、必要に迫られたらやるという感じで、そこまで熱心に追っているわけではないんです。レンタルビデオに関しては、誰が見てもそういう時代だったからタイミングが良かっただけ。僕が『電影少女』を描かなくても、いずれ他の誰かが似たようなものを描いたと思います。

僕は、描きたい作品が頭にあって、それからヒントを探すタイプなんです。流行りを見て『これは漫画にできる』と思って描いたことは一度もありません」

たとえば昨今話題のAIについても、「世の中どうなっていくんだろう、という意味では気になるけれど、ものづくりにはそれほど関係ないかな。切羽詰まった危機はあまり感じていません」と、からっとしている。ただし、使い方によってはAIによって作業効率が改善されるかもしれないと考えている。

「たとえば、AIに下絵を描いてもらって、その上で人間が手を加えて味付けするのはアリだと思うんです。僕も似顔絵を描く時はいったん写真をベースにするんですが、どう描いたって写真とは違うものになるんです。人間の顔なんて曖昧なもので、影の具合で線に見えているだけだったりする。そのまま描いても似ないんですね。結局、写真より目を大きくしたり、鼻を小さくしたりしながら、いつも見ているその人の印象に寄せていく。そういう作業をするんです」

その作業にこそ、描いた人間のオリジナリティが出るわけで、前段階の下絵作業にAIを活用するのはむしろ効率的ではないのか、というわけだ。

しかし、同時に、現時点ですでに、まるで人間が手で描いたかのような完成度の絵がAIによって描けてしまうことも認識している。その点を考えると、これからのクリエイターに求められているのは、「AIのベースにしたくなるような個性を磨くこと」だと桂さんは言う。

「素材がないとAIは学習できないわけです。だから、たとえば『スピルバーグ風』とか、〇〇風と言われるような、その人だけの絵や文や映像表現を身につける必要がありますよね。もし新人の漫画家がAIを使って漫画を描いたら、最初は叩かれるかもしれません。でも、その作家が独自のコマ割りや絵柄をAIに学習させられたとしたら、そこから先の作業はラクをしてもいいと思うんです。

というか、そういう時代になるんじゃないでしょうか。だから、〇〇風と言われる独自の何かを作り出すことが、これからのクリエイターに求められるんだと思いますね」

そんな桂さんは最近、「怪談」と「Vtuber」を本気で応援しているのだという。漫画家やイラストレーターといった同じ業界ではなく、まったく異なるジャンルの若手を支援しようとしているのが面白い。

「怪談は昔からずっと好きで、最近はいろんな怪談師さんたちとコミュニケーションを取って、イベントやYouTubeに出演しています。日本の怪談文化のために何かの足しになれば……と思って。Vtuberは今個人的にいちばん熱いですね。あのシステムは興味深いです。

いろんなVtuberさんを見て勉強しているうちに、推しもできました。花音めいちゃん(https://twitter.com/Kanonmei_Arcana)というVtuberさんなんですけど。最初は正体を明かさずに一般人としてコメントして、たまにくだらないことを言って罵倒されたりして、それが楽しくて(笑)。

今は僕も正体を明かしてしまったので、本腰入れてサポートしていければと考えています。といっても、支援というよりは、自分の人生をエンジョイしているだけなんですけどね」



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