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第‌‌59‌‌回‌ ‌実‌録‌小‌説‌『オ‌レ‌は‌こ‌こ‌か‌ら‌成‌り‌上‌が‌る』‌ ‌ カメロー万歳 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2021年2月号

#カメロー万歳
#月刊ピンドラーマ  2021年2月号 HPはこちら
#白洲太郎 (しらすたろう) 文

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 2021年1月。

 白洲太郎がYouTubeチャンネルを開設してから約9か月が過ぎようとしている。世間は相変わらず新型コロナウイルスに振り回されており、その影響はブラジルの田舎でひっそりと暮らす太郎とちゃぎのの生活にも反映されていた。まず影響を受けたのは、しらす商店の主戦場である「feira livre」である。

「feira livre」 はブラジル中の市町村で行われている青空市場のことで、太郎の場合、パンデミック前は半径100キロ圏内の町を週に4回のペースで行商していた。が、新型コロナの蔓延によるクアレンテーナ(隔離政策)の実施によって、居住地以外の町を行商することができなくなってしまったのである。幸いなことに太郎の住む自治体では週に2回、青空市場が開催されていた。そのため食いっぱぐれることはなく、むしろ外部からの露天商がシャットアウトされたことで売り上げが急増、政府が月600レアルの給付金をばらまいたことも大きく、その時期がちょうどコーヒーの収穫シーズンにも重なっていたため、太郎の住む町は未曾有の好景気にわいた。行商が週4から週2にペースダウンしても売上はさほど変わらず、田舎暮らしを満喫するだけの余裕は十分にあったのである。

 こうなってみると、これまで週に4回も働きに出ていたのが信じられぬくらいで、人間、生きるために仕事はするが、仕事のために生きているのではない。大事なのは心のゆとりであり、幸福度である。

 日本では大多数の人間が会社という組織に所属し、そこで骨身を削ることによって報酬を得ている。結果、人生の時間の大半を義務的に過ごすことを余儀なくされ、その事実を深く考えることもなく、言わば盲目的に仕事をしているのである。なんたる悲劇であろうか。企業戦士やモーレツ社員が経済大国日本の礎を築きあげた事実に違いはないが、その弊害が自殺率の上昇など、目に見えるカタチで社会問題となっている。自分は企業戦士にならなくて本当に良かった。太郎は心の底からそう思い、与えられた環境に感謝した。なにせ毎日の時間を自分の好きなように使えるのである。太郎にとって、ブラジルでの田舎暮らしはまさに天啓ともいうべきものであった。

 といって、ありあまる時間をただ無為に過ごしているわけではなく、パンデミック後、太郎は持てる時間の大半をYouTubeの動画制作に費やしていた。それから約9か月が経過したが、未だに満足のいく結果は残せていない。

 そもそも太郎がYouTubeを始めたきっかけは、収益化による副収入の増加にあった。長年ブラジルで商いをしているため、レアルはあっても日本円がまったくない状態である。いずれ日本とブラジルを行き来するような生活を目論んでいる太郎にとって、円の創出は課題であった。これまでに安物プロポリスなどを日本に送って小銭を稼いだりもしていたが、最近ではそれもできない状態である。ならば、とばかり近年話題になっていたYouTubeでの広告収入に目をつけたわけだが、現実はやはり甘くない。

 YouTubeで収益化を達成するためには、チャンネル登録者数1000人と年間再生4000時間以上という2つの条件があり、太郎はそのどちらも未達成であった。心血を注ぎ、これまでに60本以上もの動画を投稿してきたが、この体たらくである。

 視聴者としてYouTubeを見ていると、1万回以上再生されている動画などはザラであり、内容も別に大したことはない。これならオレもイケるんちゃうん? 楽勝ちゃうん? という気持ちにさせられるが、一部のYouTubeエリートたち(芸能人を含む)を除けば、ほぼ全員失望することになるだろう。なぜならYouTubeを始めたばかりの人が、持てる力をすべて注ぎ込んだ動画を作成、投稿したとしても、100回どころか50回も再生されず、最悪の場合はひとケタ、もしくは自分が見た回数しかカウントされていないのが関の山だからである。それでもめげずに動画を投稿していけば、少しずつ見てくれる人も増えるだろう。頑張ってコツコツ続けていけば、収益化の条件くらいは達成できるかもしれない。しかし広告収入ったって、どんなもんもらえるんだよ? という点も気になるところで、情報サイトなどを覗いてみると、1再生につき0.1~0.5円というのが相場らしいが、これを自分の動画に照らし合わせてみると、とんでもないことがわかった。太郎の投稿した動画の中で1番再生回数が多いのは、どういうわけか歯医者で治療を受けたときのもので、現時点で2400回ほどであるが、これを前述した相場で換算した場合、予想せらるるのは240円から1200円という収入で、仮に1200円で計算したとしても、10本作って12000円なのである。太郎の場合、1本の動画を作るのに丸2日以上はかかる。これでは生活などできたものではなく、巷間で囁かれている。

 YouTubeドリームはやはり夢やった。オレはもう田舎に帰る。あ、ここもうすでに田舎やったわ。たはは。といった事態に陥るのは火を見るより明らかであるが、まあ別にそれでもいいぜ。オレはすでに田舎でセミリタイアのような生活を送れる身分だ。気長にいこうよ。時間ならある。という、半ば開き直ったような、達観したような気持ちになっているので焦りはないが、それでもやはり100万回再生されるような動画を作るにはどうしたらいいかを、太郎は日々考えているのである。

 ブラジルギャルにエロインタビューしたり、ギャングにケンカを売ったり、ファベーラの中を全裸で走り回ったりすれば再生回数を稼げるだろうか? それともあれか? ボウソナロ大統領に焼きそばでも作って食わせてやろうか? もしくはそこら中に毒ヘビが生息しているという立入禁止区域、『ケイマーダ・グランデ島』にでも潜入してやろうかしら?
 そんなことを考えながらソファーに寝転び、今日も太郎は動画編集をしている。愛用機はiPhone 5S。編集アプリももちろん無料のやつである。

 オレはここから成り上がる。

 年収1万円くらいなら、いつかきっと…。

 そんな彼の野心を知ってか知らずか、外では雀がちゅんちゅら鳴いている。

 ちゅんちゅんちゅらちゅら。ちゅんちゅらちゅん。

 太郎は大きく伸びをすると、チャンネル登録お願いします、と雀たちに呟いた。

 そよ風が柔らかに吹いていく。

 今日も爽やかな一日になりそうである。


月刊ピンドラーマ2021年2月号
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