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カナリア軍団への挑戦

特集 ワールドカップ2006ドイツ大会 <第2部>
#月刊ピンドラーマ  2006年6月号
#細道徹 (ほそみちとおる) 文

 4年に一度行なわれる世界最大のサッカーの祭典ワールドカップ、来るドイツ大会で日本代表は3大会連続3回目の出場を迎える。ほんの十数年前まで、ワールドカップは、日本のサッカーファンにとって世界のサッカー先進国のプレーを純粋に観て楽しむイベントとして捉えられていたが、1998年フランス大会以降は、他の参加国と同じように母国の代表チームを応援する楽しみも実感できるようになった。そして今大会は、前大会でホストカントリーとしてベスト16に進出した日本代表チームが、世界のサッカー強国を相手にどこまで勝ち進むことができるかが大きな見所となっている。日本はグループリーグの組み分け抽選では、難敵が揃うグループFに組み分けられた。日本が戦う同グループの他の3チームは、古豪ウルグアイを予選プレーオフで下して勢いに乗っているオーストラリア、8年前にはブロンズメダルに輝いた東欧の雄クロアチア、そして前回王者のサッカー大国ブラジルだ。

日本に勝機はあるのか 

 中でも、大会史上最多5回の優勝を誇るブラジルは、今大会は過去に例を見ないほどの前評判を誇る。現在世界最高のプレーヤーとの評価を得るロナウジーニョを筆頭に、ロナウド、カカー、アドリアーノ、ロビーニョらで構成される売出し中の目玉「カルテット・マジコ」に加え、今季フランスのリーグ・アン最優秀選手賞に選出されたジュニーニョ・ペルナンブカーノや昨季のドイツ・ブンデスリーガMVPのルシオら、脇を固める選手たちも豪華な顔ぶれが揃い、世界選抜と言っても過言ではない。他国の監督が羨むタレントを数多く擁する陣容は、純粋な戦力だけ考えれば、間違いなく世界ナンバーワンである。その強敵を日本は予選第3戦目に迎えるのだが、第3戦はグループリーグ勝ち抜けを賭して戦う要の試合になると予測されている。では、日本代表が彼らから勝利、または勝ち点をもぎ取り目標である決勝トーナメント進出を果たすには、いかなる戦略をとるべきなのか?答えはある代表チームの戦い方に示唆されている。

「メキシコ代表のように戦うべきだ。彼らはブラジルとの戦い方を心得ている」

 ブラジルを含め世界のサッカーに造詣の深いジャーナリスト、エウジェニオ・ゴウシンスキーは昨年のコンフェデレーションズ・カップ(以下、コンフェデ)の対ブラジル戦でカルテット・マジコを完封し、1—0でブラジルに勝ったメキシコ代表の戦い方を日本は参考にすべきだと指摘する。

「彼らは、他の多くのチームのようにブラジルのアタックを恐れて自陣に引いて守ったりせず、中盤の高い位置から勇気をもってプレッシャーをかけた。そしてゲームメイクをするロナウジーニョやカカに自由にプレーさせないようマークを徹底した。その結果、ブラジルに効果的な攻撃をさせることを防ぎ、徐々に落ち着きをなくした相手のスキを突いてゴールを陥れることに成功したんだ」

 先のコンフェデでブラジルを破るなど、並み居る強豪と渡り合ったメキシコは、同大会で4位となっているものの、ワールドクラスと言えるタレントは、現在バルセロナで活躍するDFのマルケスしかいない。圧倒的な運動能力や体格に恵まれた選手を揃えているわけでもない。チーム全体に戦術を浸透させ組織力を武器にして戦うチームスタイルは、日本代表に似たスタイルである。

ジーコの決断

 とはいえ、同大会でドイツ、アルゼンチンを圧倒的な攻撃力でなぎ倒したブラジルを90分間無得点に抑えることはそう容易いものではない。カルテット・マジコを構成するゴールゲッターたちだけでなく、どこからでもゴールを奪える得点能力を持った相手にはある程度の失点を許す覚悟が必要だ。そして守っているだけでは、勝利を収めることはできないのだ。先のコンフェデ同様にブラジルに勝たなければ次のステップへと進めないという状況下に置かれた場合、当然リスクを冒してでもブラジルのゴールをこじ開けなければならない。その際、日本の選手たちはカルテット・マジコという凶器を背にしながらも相手ゴールへ攻め込むため、ブラジルに強烈なカウンターを受け大量失点を喫する可能性もある。

「そのようにブラジルに大量得点を許してしまう恐れがあることは理解している。しかし、またサプライズを起こす可能性だって秘めているんだ。勝利が必要である場合、リスクを冒すことを恐れはしない。われわれは勝ちにいく」

 ジーコ監督はブラジルのサッカー専門誌『プラカール』のインタビューで断言している。この玉砕覚悟とも捉えられがちな指揮官の発言に一般のファンは一抹の不安を感じるが、こうしたチャレンジ精神は絶対に必要であると前述のブラジル人記者は分析する。

「多くのチームは、ブラジルの攻撃を恐れて守備を固め自軍に引いて守ることを選択しがちだ。しかし、それではブラジルから勝ち点3を奪うにはいたらない。ブラジルに勝つには、彼らをイライラさせるくらい中盤から激しいプレスをかけるべきだ。そして攻撃的な両サイドバックのカフーやロベルト・カルロスをはじめ、相手のディフェンダーたちが焦れて攻撃に参加してきた背後を狙ってカウンターを繰り出すことが最も有効的である」

日本代表のキーマン

 では日本代表がブラジルに勝利するため、具体的なキーマンとなるのは誰か?

 現時点では大会登録メンバーの発表はされていないものの、ブラジル人記者は3人の名前を挙げた。まずはブラジルの攻撃を抑えるために重要な役割を担うジュビロ磐田の二人、DFの田中誠とボランチの福西崇史だ。特に失点を許さないことが勝利への最低限の条件となるために、守備面での活躍がカギとなる。田中はストッパーとしてアドリアーノらフィニッシャーを抑えることが第一の責務だが、中盤の左サイドからスピードに乗ったドリブル突破で突進してくるロナウジーニョにも中盤の選手と連携して対応もしなければならない。スピードに不安があると指摘される田中だが、相手へのマークとクレヴァーな対応に定評がある選手だけに彼の活躍が期待される。

 一方、もう一人のジュビロ戦士、福西には攻守両面での貢献が期待される。ロナウジーニョ、カカーらに十分なスペースを与えることのないようにプレッシャーをかけ続けるだけでなく、チャンスを見計らって自ら攻撃に参加しミドルシュートを撃つことが求められる。そして常にセカンドボールを拾う役割をすることで、試合の主導権を日本に引き寄せなければならない。

 そして最後にジーコ監督が最も信頼を寄せるというMF中村俊輔の活躍を抜きにして勝利はない。ヨーロッパでも彼の左足は高く評価されているが、その左足を使ってセットプレーからゴールを狙うだけでなく、相手ボランチのエメルソン、ゼ・ロベルトらの裏のスペースを突いてシュートを撃ったり、FWへのラストパスを供給することも求められる。ブラジルと対戦した先のコンフェデで、FIFAからベストプレーヤーに選ばれた彼の左足が、日本代表の勝敗の行方を握っていると言っても過言ではない。

ひょっとしたら…⁉

「もちろん注意はしなければならないが、カルテット・マジコは恐くない。目標はベスト4進出だ」

 現役時代から数々のタイトルを獲り尽くしてきた日本代表の指揮官ジーコは、つねに自信を持ってメディアに応える。彼の豊富な経験や常勝者としてのメンタリティだけでなく、現在の日本代表はサッカー大国からも一目置かれるまでになっている。1998年と2002年のワールドカップを取材した『プラカール』の副編集長アルナウド・リベイロも、ブラジル代表の下馬評の高さに警笛を鳴らしつつも、現在の日本代表を評価している。

「ブラジル代表にとって日本との試合は簡単ではない。先のコンフェデでも多くの人が指摘するように、審判のジャッジに助けられたというイメージは拭えない。もしあのゴールが認められていれば……」

 そして最後にひとつ、サッカー大国ブラジルが日本代表を警戒する理由を示す意外なデータがある。FIFA主催の公式戦において日本代表はサッカー王国ブラジルと対等に渡り合っているのだ。オリンピックでの試合を含め通算戦績は4試合1勝2分け1敗、3得点3失点とまったくの5分である。今大会、日本のサッカーファンにとっては大きな期待も膨らむ。

 2006年6月22日、ブラジリア時間の18時ごろニュルンベルグのフランケン・スタディオンに試合終了のホイッスルが響いたき、われわれは歴史的な瞬間を迎えるかもしれない。


細道 徹(ほそみち とおる)
サッカー専門誌の編集部員を経て現在はサンパウロ在住。ブラジルサッカー、フットサルの記事を執筆中


月刊ピンドラーマ2006年6月号
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