見出し画像

あいつとあの子

風鈴の音。蝉の鳴き声。扇風機の回る音。
この3つが誰かの夏に変化をもたらした。

俺はいつものようにあいつを家に呼んだ。
そんな俺らを暑さと汗が出迎える。
来て早々あいつは何か冷たいものを食べたそうな顔をした。

「アイス食うか。」
そう言うとあいつは
「うん、食う」
と答える。

俺の予想は的中した。

俺は冷凍庫からカチコチのアイスを取ってアイツに渡した。
あいつはまるで氷を割るかのようにスプーンをアイスに叩きつけた。
結局、解けてちょうどいい感じになるまで待つことにした。
労力を少し無駄にしたあいつは少し疲れた表情をしていた。
数分経って程カチコチのアイスはよく溶けたアイスへと姿を変えた。
そして、俺らはぬるくなったスプーンでそれを食べながらクソみたいなことを話す。

「お前最近何してんの?」
「ずっとグータラしてる。」
「運動しねぇの?」
「外暑いじゃん。」
「ジムとか行けばよくね?」
「そうだね。」
「バカなの?」
「バカよ。」

あいつは基本語尾に「?」がつく。
でも、これが日常茶飯事である。
中身がないけどそれくらいが今の自分にはちょうど良い。
そんな風にいつも通り会話をしていたら、あいつが言った。

「外散歩しねえ?」

唐突過ぎてびっくりした。
あいつの口から”散歩”という言葉が出てくると思わなかった。

「外暑いしめんどいよ。」
「ちょっとだけよ?」
「ドリフかよ。」
「知ってんの?」
「俺がそれ知ってて良かったな。」
「まぁ、行こうよ?」
「バカなの?」
「バカだよ」

あの一瞬は立場が逆転した。
そんなこんなで外へ出た。
暑い。暑い。そして、暑い。

そんな時、風鈴の音が聞こえた。

なんか、ちょっと涼しくなった気がした。
ちょうどその時同じクラスの子に会った。

「おう、久しぶり。」
「あ、久しぶりだね。」
「…おう。」

明らかにあいつの様子がおかしい。

「今日めっちゃ暑いよね。」
「本当に暑い。もう早く夏終わらないかなぁ。」
「…そ、そうだね」

少し笑いそうになった。
それから何ラリーか軽い会話をして俺らは別れた。

「お前緊張してたべ。」
「…違うよ?…本当に違うよ?」
あいつは慌てふためいた。
また笑いそうになった。

それから2日後。
あいつと連絡が取れなくなった。

電話してもコール音がループする。
急すぎて一瞬戸惑ったがすぐ正気に戻った。
「どうせあいつはケータイでも失くしてんだろうな。」
と、冷静に思いつつも若干不安である。

いつもより蝉の鳴き声がうるさい。

それからさらに2日後。
あいつから電話が来た。
案の定あいつはケータイを失くしていた。

数日後、またいつものようにあいつが家に来た。
「本当に心配したわ。大丈夫だった?」
「わりぃ。今度ジュース奢るから。」
「いや、そこまではしなくていいよ?」
「そうか。」

家に上がってあいつはすぐさま座布団に座った。
「お茶飲む?」
「いや、いいや。」
「いらないの?」
「うん。」
そこからしばらく会話はなかった。
数分後、あいつが言った。

「俺彼女出来た。」

急すぎて一瞬戸惑ったがすぐ正気に戻った。
「もしかしてあの子か?」
「うん。あの子。」
その相手は、前散歩に行ったときに会った同じクラスの子だった。

あいつには前々からあの子が好きだった。
あの子は同じクラスで物静かな子だった。
あいつは密かにあの子に恋心を抱いていた。

正直、前々から何となくわかっていた。

何度か一緒に帰っているところを見たことがある。
えげつないくらいに目が泳いでいた記憶がある。
なんか笑いそうになった。
一度あいつが「頼む3人で帰ろう。」と言ってきたが、
「ごめん、このあと予定あるから無理。」
と、ゴリゴリに嘘をついたことがある。
それが今では懐かしい。

またしばらくの間俺とあいつの中で沈黙が続く。
俺は何を言えばよいか分からずにいた。
気づけば5分くらい経っていた。
俺はずっと扇風機のボタンをいじっていた。
すると、あいつは言った。

「俺ずっと好きだったんだよね。だから付き合えて本当に嬉しい。だけど…」
「だけど?」
「まだお前といる方が楽しい。」
「え?」

まさかあいつの口からあんな言葉が出るとは思わなかった。
「あの子の事大好きなんだけど、緊張しちゃって何も出来なくて…」
珍しい。あんなに不安げな表情は初めて見た気がする。
「でも、そこで何も出来ずにいるときっと後悔して終わることになるよ?」
「うん、わかってる。」
俺はなんか怖くなって扇風機の強さを2段階強めた。

強くなった扇風機の回る音がこの部屋の静寂を隠した。

それから、少し間が空いてこういった。
「今度夏祭り行くんだよね。」
「そうか、俺はついて行かなくても大丈夫か?」
「いや、大丈夫だよ。」
あいつは知らないうちに変わっていた。
気づいたら一瞬ではなくずっと立場が変わっていた。

あれから数週間後の夏祭り当日。
俺は不安になってバレないように祭りに行きあいつを尾行した。
人が多い。その光景を見た俺は急にめんどくさくなった。
諦めて帰ろうと思ったその時、人と人の間からあいつとあの子が見えた。
その時に見えたあいつは、

前にあの子と会った時とは比べ物にならないくらい楽しそうに笑っていた。
でも、どこか不安そうな顔をしていた。

俺はその時初めてあいつに向けて「おめでとう。」と言えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?