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私的:ドミニク・ミラー考察③『Silent Light』

ぼやぼやしていたらもうすぐ4/21じゃないですか!ドミニク・ミラーのECM移籍後の第3段『Vagabond』が出ちゃいますので、急いで最初の2作について書きます。まずは1作目。

でも、この2作についても解説文などで結構音楽的な話は詳しく書かれているので、なるべくそういう所から漏れている話を書こうと思います。じゃないと私のnoteの意味もないので。

まず彼のECM移籍の経緯から書くと、なんとECMのマンフレート・アイヒャーの方から彼にコンタクトして来たみたいです。「今あのギタリストは何をしているんだ、会いたい」と。
2015年8月の事です。ドミニクはその時バカンスに入っていて、マネージャーにもなるべく連絡はして来ないように言ってたそうなんですが、全く想定外の人物からの連絡に慌ててミュンヘンまで飛んでいったそうです。

アイヒャーという人の、ミュージシャンの選び方ってのはまあどういうセレクトなのだろうか?と思う部分ではありますが、先日、日本であったECMのイベントでも出ましたが、彼の歴史観をベースにした民俗学的な視点とか、ヴァナキュラーな考え方やフォルクローレに対する愛着とか、もしその辺が結構ポイントであるならアイヒャーがドミニク・ミラーに自分の方から接触した、というのはかなり納得出来る話だと自分は思っています。そういう部分でドミニクはアイヒャーの好みに適ってるでしょうから。

ドミニクの多国籍な背景は彼の音楽にはかなり大きく作用しています。アルゼンチン、アメリカ、ブラジル、イギリス、パリ。そして教会音楽や母方のアイリッシュの音楽に、さらにはクラシックの素養。ロックではグレイトフル・デッド、ジミ・ヘンドリクスとまぁ音楽の多国籍軍ですからね(笑)ここまでごちゃ混ぜの人もなかなか居ないでしょう。

本人も「自分には色んな音楽の要素があるけど、所謂フォルクローロ的なものがどうしても色濃く出て来てしまう」って言ってますしね。

そしてアイヒャーとは初対面から意気投合し、約半年後の2016年3月にはECMのオスロ・Rainbowスタジオで1作目『Silent Light』を録音しています。

この時の録音は少しトラブルもあったようです。先に送っておいたアコギが税関トラブルでスタジオに届きませんでした。で、スタジオにあったパット・メセニーが使ったと言うアコギやボロボロのIbanezのものなど、彼にとっての「規格外」のものも使ったようです。まあでも、この写真にある、彼が「ブロンディ」と読んでいるメインはあったのでなんとかなったようですが。

彼は日本製のアコギは本当に気に入っています。ヤイリのトーレスのカスタムモデルについては有名ですが、他の物も日本のギターは「木という材質の扱いがとても上手く、適材適所に最適な使い方をしていて素晴らしい」との事で、初めてアコギを手にする人には日本製を薦めることが多いようです。

このアルバムにはドミニクの古くからの友人、というか、彼のキャリアの出発点を作ったと言ってもいい、パーカッショニストのマイルズ・ボールドが参加しています。(マイルズはエルビス、マイケル・ジャクソン、スティング、ビヨンセなどのデモ音源を手がけたことがきっかけで、ドミニクを伝説的なグラミー賞受賞者のヒュー・パジャムが制作するアルバムに推薦することになりました。それが後のフィル・コリンズのアルバム『But Seriously』参加につながり、一番最初にドミニクが録音したフィルの「Another Day in Paradise」は大ヒットし、彼のミュージシャンとしてのキャリアはここから大きくスタートします。)

話が横に逸れました・・・。
この『Silent Light』のレコーディングで彼が目指したものは「生々しく、一瞬を切り取る事。不完全な部分や目立った間違いもあり、完璧ではないかもしれないが、操作や加工、修正は一切していない。ただ、純粋で正直に作った」と言っています。

そして、このアルバムを告知する際にはこのような言葉でファンに話しました。
「僕を助けて欲しい。」と。

ただ「アルバムを買って欲しい」だけではありませんでした。私はとても印象的だったので覚えています。
ECM移籍というレーベルに移った事を名誉に思い気持ちもあったでしょう。そしてそれまでの作品とは全く違うテイストの作品を作った事、以前はセルフプロデュースだったので、アイヒャーという人にプロデュースされる事で、「より客観的に自分の音楽性の本質が出た」という事も語っています。だから「ある意味で構想に約40年かかったアルバム」だと。

今後の自分の充実した音楽生活を続けるには、このアルバムが注目され、そこそこ売れてくれないと本当に困るんだ、これにかかっているんだ、という気持ちが「助けて下さい」という言葉になったと思われます。

このアルバムでのメセニーへの思い(これは恐らく色んな気持ちがあると思います。大きな尊敬以外にも色々と。気になる方は他の記事もどうぞ)やジスモンチへの思い、バーデン・パウエルやフランス印象派への思いなど、さまざまな物が彼のトリビュートとして現れているのがこのアルバムです。

そして、それ以上に大切なのが彼の「音が鳴っていない時の”space”」という空間に寄せる思いです。これは今もずっと続いていて、もう完全に彼の音楽哲学でしょうね。

この人は別の記事にも書きましたが、音楽的にはとても「天邪鬼」な人です。一見そうは見えないかもしれませんが、とても遊びをやりたがるし、周囲から期待されている事をそのままやりたくない、わざと正反対の事やったりします。

だから音楽のテイストはその時々で変わるでしょうが、この部分の哲学は一切変わってません。

そのインスピレーションはメキシコの若き・名監督カルロス・レイダガスの名作「Silent Light」を見た事によります。アルバム制作中にこの映画を見て、ドミニクは「殴り倒されるほどの衝撃」を受け、そのままアルバムタイトルにしました。

「彼の沈黙・光・そして空間の使い方に本当に感銘を受けた。何の動きなく、何の会話もなく何分も経過する彼の作品はとても勇気あるもので、インスピレーションを受けた」

ドミニクの中にある「会話や音楽の中で、実際に音にならない事の方がより多くを耐えて秘めている」という音楽に対する考え方がこの映画を見てより明確になったらしいです。
だから正に、1曲目のタイトルが「What You Didn't Say」です。

会話を交わす上での「間合い」や「音と音にある空間」という「音の無い部分」によって、奏者と聞き手はよりコミュニケーションを深められ、深い音楽空間を創れるのではないか、そういう事をアルバム「Silent Light」では試みたかった、との事です。音の無い「space」の部分で双方向のコミュニケーションを取りたい、という事ですね。

もうこの件は彼は常々言ってます。しつこい、っていうくらいこの話をします。

「The notes that you don’t play, are as important ad the ones that you do.」(弾かない音も、弾く音と同じように大切です)
だからこの人はあまり弾かないんです。

だけど、日本は非常に自分の音楽に真剣に耳を傾けてくれる「世界でも唯一の国」だと言ってました。「空間の時、音が鳴っていない時やほんの小さな音でも演奏を聴いてくれる」と。「リアクションは少ないけど、でもすごくちゃんと聴いていてくれていてとても音楽で繋がっていると感じるからうれしい」し、そういう国があると、「自分がそういった空間やスペースがある音楽を”やってもいいんだ”という気持ちになれる。」と。

さあ、なんとか明日、傑作「Absinthe」に関して書きましょうかね。








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