My NY (前編)
初めて行ったのは1991年。15歳の春休み。
当時、建築事務所で働く家庭教師の先生がいた。
彼は、色んなカルチャーやアートに詳しく、フランス映画や、デルクジャーマン、矢野顕子、クラッシック音楽からキューバ音楽、村上龍や春樹、ダムタイプ、ピナバウシュ、安藤忠夫の建築などなど、中学生ではなかなか知ることの出来ないファッションやカルチャーを次々と観に連れて行ってくれる お兄ちゃんのような存在だった。 (学校の勉強よりむしろアートの先生。笑)
その彼が、大学時代の親友夫婦に会いにNYへ行く ということで、春休みになんと便乗させてもらうことになった。
今考えると、それを許してくれた母もすごいな〜とびっくりするが、そのおかげで私は、90年代初めのNYのエネルギーに若くして触れることが出来たのだ。
当時のNYは、マンハッタンもまだまだ治安が悪く、地下鉄はグラフティーだらけ。 車両の最前列と最後尾に乗ると殺されるという事件も頻繁していた時代だった。
コロンビア大学の近くに住む 先生の親友とその奥さんと共に、誤って最後尾に乗ってしまい、次の駅でヒヤヒヤしながら乗り換えたことをよく覚えている。
滞在中はソーホー、イーストビレッジ、セントラルパークを散歩したり、今はなき「sweet basil」で生のJAZZを聴いたり、「アニエス.b」で立ち話していたジュリーデルピーを発見し、握手とサインをもらったりもした。
危険とも隣合わせだけれど、爆発的にクリエイティブなエネルギーに溢れる街で過ごした一週間。
15才の生意気な小娘だった私も、この街の魅力を肌で感じ、当時の日記には
「NYみたいに人がおもしろくて刺激的な街って本当いいな。危ないし、食べ物もあまりおいしくないけど、日本よりはるかに大胆で自由に生きれる。ずっとNYにいたいと思った。」と書いてある。
ここから私とNYの出会いは、始まった。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?