高架下の"まなざしについて" コミットメントとデタッチメント

高架下スタジオで開かれていた渡辺篤さんが代表を務められる「アイムヒアプロジェクト」の写真集出版の記念展覧会へ。プロジェクトの概要については、横浜市民ギャラリーあざみの主席学芸員の天野太郎さんの文章が素晴らしかったので引用する。

この原稿は、渡辺が、ひきこもり当事者に自ら撮影した部屋写真をインターネットで募集し、それをもとに作品集を出版し、同時に組織される展示会への寄稿です。撮影した写真を募集したのは、渡辺自身が「ひきこもり」から脱出できた時に、セルフポートレートと詩人がひきこもっていた部屋を撮影したことに拠っています。

もう少し説明すると、実は、東京芸大の油画出身の渡辺としては、セルフポートレートもひきこもっていた部屋も絵画化しようとしたのですが、すでに「ひきこもり」から脱することを決意した直後でもあり、時間のかかる制作作業に対する抵抗が、短時間で対象が得られる三脚を立てカメラで撮影する方法を選択させた訳です。

ところで写真や映像化することと、この場合、絵画化することの違いについて触れておきたいと思います。渡辺の事情同様、絵画化する際には、その対象を克明に観察しなければならない前提があります。人にも拠りますが、自身がひきこもっていた部屋を改めて観察するのは困難を伴います。一方写真を通して、自身の姿であっても、これが自分かと見粉う経験をするように、
写真で写された対象を了解するのは事後的であり、その意味で、写真は他者性を強く感じさせるメディウムと言えます。

渡辺が「ひきこもり」当事者にその部屋の情報を提供してもらうのに写真を使ったことは、それぞれが自ら「ひきこもり」をしていた辞退を事後的に改めて認識させることに繋がります。そして、これは、今回の展示が応募された写真をスペクタルに鑑賞するのではなく、破壊された構造物は、同時に、「ひきこもり」の当事者をめぐる暴力的な事態をも暗示しているのです。


NHKで報道されていたこともあり、大きな反響があったようで、多くの来場者の方が居られた。



作品を見ていて「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」の第一夜~「物語」で人間はなにを癒すのか~で述べられていた「コミットメント(関わり)」と「デタッチメント(関わりのなさ)」の話を思い出す。

コミットメント(関わり)ということについて最近よく考えるんです。例えば、小説を書くときでも、コミットメントということがぼくにとってはものすごく大事になってきた。以前はデタッチメント(関わりのなさ)というのがぼくにとっては大事なことだったんですが。それがいつごろからかなぁ、少しずつ変わってくるんですね。
アメリカにいるあいだ、何にコミットすればいいのか、これからどうすればいいんだろうってぼくはずいぶん考えてきたつもりなのです。ところが、日本に帰ってくると、やっぱり何にコミットしていいのか分からないんです。それがものすごく大きい問題なんです。考えてみると、ここ(※日本)では何かにコミットするルールというのがあまりできていないんじゃないかなという気がします。
とくにアメリカに行って思ったのは、そこにいると、もう個人として逃げ出す必要はないということですね。もともと個人として生きていかなくちゃいけないところだから、そうすると、ぼくの求めたものでは意味を持たないというわけです。

もちろん「引きこもり」という事象は世界どこでもあるわけだ。しかし個人と集団の境界が曖昧で、ことさら同調性が求められる日本だからこそ『個人として逃げ出す必要』が出てきて、「殻を固くする」ことのメリットが出てきてしまうような気がする。

ふさぎこむと殻に入りたくなる。内側に入ったら殻を強固にし、外界と拒絶することは当然のこと。だから『殻を破ってでてきたり、また殻の中に入ったり』、この「関わり」と「関わりのなさ」がもっとシームレスに出来たら、もっと柔軟に毎日を過ごせるのではないか。殻の内側と外側、どちらかの世界に固執してしまうから上手くいかなくなる。

鶏が先か、卵が先か、ということになってしまうけれど、殻を作る側だけを非難しても始まらない。殻の外に出たくなる社会であれば、殻を強固にする必要はないのだから。

渡辺氏を救ったのは、表現できる知識を持っていたこと、そして体の中に、表現できるエネルギーが残っていたこと。美術を学んでいたから渡辺氏だからこそ、自分の内面を外に出せるための方法を持っており、閉塞感を表現できたのだ。だから方法を問わず、自らの感じたことを現す手段を持っていることはとても重要なこと。
ご本人の言葉を借りると、閉塞感を打破したのはこういうことになる。

『ひきこもってしまった永い時間が無駄なものだったとするならば、それを引き受けて再出発することもまたとても辛いことだ。けれど、今ここに居る自分や部屋のあり様を撮影する事で、経てしまった永い時間を「写真作品に必要な制作期間」だったという事に変換出来るのではないだろうか』


この企画展にあわせて、主催者によるギャラリートークが開催されていたが、このトークイベントは「引きこもり当事者は無料」というのものだった。このサービス使った方はどのくらいいたのだろう。

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mitsu yokohamadiary

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