大切な人に会えなくなったとき

私は大切な人に会えなくなったとき、学生時代の出来事を思い出す。

暑い夏の日。扇風機がカラカラ回って、よく聞いてたUKロックがかかっている友人の一人暮らしの部屋。洋服、化粧品、音楽雑誌やZipperが乱雑に散らばる床。その時、私の持ってきた本を読んで彼女が言った。

「あぁ・・・こういう時あるよね・・・」

あなたは もしかしたら 存在しなかったのかもしれない あたなという形をとって 何か 素敵な気がすうっとながれただけで “茨木のり子の家より”

私は中学生のころから詩が好きで、特に茨木のり子の詩が好きだった。だから学生時代は持ち歩いては読んでいた。私はとくに気に留めていなかった詩に彼女は目をとめた。

彼女がつぶやいたとき私は「会いたいけど会えない人がいるんだなぁ」と思った。

この出来事から、大切な人に会いたくても会えないときこの出来事と詩を思い出す。

どんな手段をとっても会いたくても会えない人がいる。それは、死別に限らず連絡するすべがなかったり、行方がわからなかったり、いろんな理由がある。

会えないけど、会いたいときは、会いたい人の「素敵な気」を思い出す。私にかけてくれた声、笑顔、力強い後ろ姿。できるだけ鮮明に思い出す。

「素敵な気」が私を勇気づけて、背中を押してくれる。

大切な人の「素敵な気」は私の中でずっと私を元気づけてくれる。

本当は、会ってお礼を言いたいし、ハグしたいし、楽しくご飯食べたいし、これからのことを沢山話したい。でも、それはできない。

私はあの人が遠くから見ても「頑張ってんじゃん!」てわかってもらえるように前に進み続ける。それを積み重ねていったら、いつかまたどこかで会えるんじゃないかなって。

また会うときに、笑顔でハグできるように。恥ずかしくて、緊張して、隠れてしまわないように。しゃんとしていられるように。

背筋伸ばして歩いていこう。

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