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プロムジカと私

ゴールデンウィーク中にこんな嬉しいニュースを耳にしました。
世界的にも有名なハンガリーを代表する合唱団、カンテムス混声合唱団の初来日決定。

カンテムス混声合唱団はハンガリーの北東部、ウクライナ国境にも近いニーレジハーザ(Nyíregyháza)に本拠地を構える合唱団。
合唱好きな方ならご存知のとおり、コダーイ音楽小学校(公立)に通う児童たちによるカンテムス少女合唱団、そのお姉さん的な存在のプロムジカ女声合唱団、さらにそのお兄さん・お姉さん的な存在のカンテムス混声合唱団で「カンテムス・ファミリー」を構成しています。

今やハンガリーに恋をしてから十数年経ちますが、私がハンガリーにハマるきっかけをくれたのはこのカンテムス・ファミリーの一員、プロムジカ女声合唱団であったりします。

私は小学生時は合唱部、中学生の時は運動部に入るも3年生の時だけお手伝いで合唱部に所属し、高校でも合唱部を選ぶなど、割と合唱漬けの学生時代でした。特に高校生の時は、先輩の多くが運動部出身だったこと、割と真面目な人が多い高校であったことから、かなり練習にも力が入っており、私も熱心な先輩たちの影響を受けて、勉強よりも合唱を優先する日々を過ごし、高校生活の中心が合唱でした。

私がプロムジカ女声合唱団に出会ったのは、そんな高校生活2年目の時でした。
「今度、ハンガリーの合唱団が栃木に公演に来る。その時に最後に地元の高校生たちが彼女たちと一緒に歌う機会があるらしいから、2年生だけで出てみないか。」
と顧問の先生から話がありました。曰く、1年生は入部したてで心許ないし、3年生は受験勉強で忙しいから、と。

その時はほとんど馴染みがなく、「ハンガリー?」という感じでした。でも、校内で開催される合唱コンクールではハンガリー語の曲「ヘンルーダの花が咲いたら」という曲が、入賞を狙える曲としてとても人気だったこと、栃木県内の合唱コンクールでもハンガリー人作曲家のミサ曲(Kocsár MiklósやOrbán György)が人気で、私も彼らの音楽がかなり好きだったことから、頭の片隅の方でハンガリーに関心を持っていました。

かくして2年生約10人くらいが、私の高校から出演することになったのですが、その時に練習した曲が、Bárdos Lajosという作曲家のハンガリー近辺の民謡をアレンジした「軽騎兵の踊り」「風が歌う」「ダナダナ」。
この時、なぜか私はハンガリー語発音が理解でき(と言っても"J"は"Y"と同じ発音すると直感しただけ)若干調子に乗ったこと、そして何より「軽騎兵の踊り」のメロディーがとても気に入ったことから、頭の片隅の方にあった関心が若干大きくなりはじめました。
(ちなみに「軽騎兵の踊り」はこんな曲です。好きすぎていまだに口ずさむことも…。)

そして、プロムジカ女声合唱団の栃木公演当日。今まで聞いたことのない合唱音楽に圧倒されました。うまく言えないけれど、自分たちや周りの高校生の合唱が、芯のない裏声ばかりだったのに対し、プロムジカ女声合唱団の彼女たちの歌声には芯があって、それでもハーモニーがある、という印象でした。しかも、一人一人が離れていても、隣の人のパートが異なっていてもハーモニーが崩れない!私には衝撃でした。間違いなく彼女たちは「一人一人が音楽を奏でている」と思いました。
最後に地元の高校生たちも一緒に舞台に上がって、一緒に練習した曲を歌い、(これもまたプロムジカファンにはお馴染みですが)最後にお花ももらうことができて、余韻に浸りながら家路に着きました。ここですっかり私はプロムジカ女声合唱団のファン、ハンガリーの合唱曲のとりこになったのです。

後日、ハンガリーのことが気になって仕方がない私は、高校の図書館でハンガリー関連の本を探しました。その時にたまたま見つけた「週刊ユネスコ世界遺産 ハンガリー」を手に取り、そこに載っていた見開きの国会議事堂の夜景の写真に心を奪われたのでした。

この瞬間、ものすごくハンガリーを知りたい!という気持ちが強くなりました。それまでは進路をあまり真面目に考えておらず、どこかの国立大学の経済学部に進めれば、くらいに思っていたのですが、その後、これまた偶然、進路指導室で見つけた資料で、大阪外国語大学(現 大阪大学外国語学部)にハンガリー語専攻があることを知り、大阪でハンガリーを勉強する決意を固めたのでした。

決して英語は得意科目ではありませんでしたが、そこから外国語大学に入るために英語の勉強に励みました。そんな私のモチベーションをずっと高め続けてくれたのも彼女たちの歌声でした。

↑当時聞いていたプロムジカ女声合唱団のOrbán Györgyの作品集。
このアルバムを聴きながら、今は辛いけど、大阪外国語大学に行くことができれば、いつかプロムジカ女声合唱団の人たちと仲良くなれるかもしれない、そう思いながら受験勉強を進めました。

そうして無事に大阪外国語大学に合格し、ハンガリー語の勉強を始めることができました。あんなに打ち込んでいた合唱は大学に入るとあっさり辞めてしまいました。でも、ハンガリーのことはもっと好きになったし、その気持ちがなくなることはありません。もちろんハンガリー語へのモチベーションが下がってしまうことはあったけど、そんな時に私のモチベーションを再び上げてくれたのはやはりプロムジカ女声合唱団でした。ほぼ隔年で日本に公演に来てくれる彼女たちの歌声を聴くと、私がハンガリー語を勉強することを決意した高校生の時のことを思い出し、初心に帰ることができて、ハンガリー語/ハンガリーへの気持ちを新たにしました。

プロムジカ女声合唱団を始めカンテムス・ファミリーについては指揮者のサボー・デーネシュ(Szabó Dénes)先生を抜きに語ることはできません。
(サボー先生についてのその功績と合唱観についてはこちらもご覧ください。)

プロムジカ女声合唱団の来日中に恐れ多くも、サボー先生とご一緒させていただいたことがあります。その時に勇気を出して、プロムジカ女声合唱団がきっかけでハンガリー語を勉強している、と拙いハンガリー語で伝えたら、にっこり微笑んで「あなたも不幸でーす」と日本語で(!)返されました。

でも先生、私はハンガリーに留学して、国籍も文化も超えて仲良くできるかけがえのない友人を得たし、ハンガリーで働くという経験もできました。何よりハンガリーが好き、ということが私の人生を豊かにしてくれていて、決して不幸なんかじゃないし、むしろ幸せ者です。

そんなプロムジカ女声合唱団も昨年の日本公演を以て日本公演は終了、というショッキングな噂を耳にしました。そんな話を聞いていたため、東京カテドラルでの公演では涙無くして観れませんでした。すごく良い公演でした。

そんなところで、今回のカンテムス混声合唱団来日のニュース。すごく嬉しかったです。こちらはサボー先生の息子さんのサボー・ショマ(Szabó Soma)さんが指揮をするのですが、プロムジカ女声合唱団とは違い、力強い男声合唱団が入ってより重厚な音楽となることは間違いありません。こちらについても信じたくないけれど、カンテムス混声合唱団の来日公演は今回が最初で最後、との話もあります。だからこそ、心ゆくまで存分に彼らの音楽を味わいたいと思います。

今の私があるのはプロムジカのおかげなのだから。

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