方舟エレベーター

「おっさんも乗るんだ」
昔話したことがあるような気がする彼女は明るさの中に妖艶な雰囲気を纏っていたが今はスラムにいる盗賊のようだ。
前を見ると20人程列に並んでいる。先頭に立ち塞がる巨大な扉は石でできているように見えるほどススが付き汚い。

「何階までいくの?」
「え、俺はどこに向かうんだ?」

そもそも俺はここがどこかわかっていなかった。この先にある扉の先にあるものすら知らない。

「あー見学組ね」

音もなく葬式の参列のように皆暗い表情で進んでいく。やっと扉が開いたと気がついた。

「私は1番最初の部屋で降りる。見学ならどんなことがあってもエレベーターから降りるなよ」

そこは人が密着するほどの窮屈さはないが身動きすると誰かにぶつかる。俺は満員電車で女子高生を目の前にしているように体を硬直させピクリとも動かない。汚れた衣服の中にナイフを潜めている周囲の人々をみるとそれが安全のように感じられた。

「なあ、エレベーターってなんなんだ」

盗賊少女はもう口を開かない。周囲の者と同じように虚ろで焦点の合わない目をしている。黙っているうちに、俺も同じになっていた。ここはどこなのか。何故いい歳しているのにこれまでの記憶がないんだ?この先に何があるんだ?
風のような音だけが聞こえる空間。

今日は当たるといいな。

誰のものかもわからぬ声が響き、動き続けるエレベーターに置いていかれる。ゆっくりなのか速いのか...体感するものも何もなく、もうどのくらい経ったのかわからない。

「くる」

呟いた盗賊少女は深呼吸をし、震える手を震える手で握りしめる。緊張と恐怖に満ちた顔で祈りを捧げた。そしてエレベーターの戸が開く。入口と同じように暗く、広い洞窟。しかしよくみると天井から床まで全ての土が瞬いていた。
ワッと歓喜の声があがる。

「硝石の間だ!」
「当たりだ!」
「今回はいけるんじゃないのか!?」

半数が降りていくのを俺はただボンヤリと見ていた。我先にとナイフで地面を掘り、服を破って細かいダイヤのような石を包む人々。ここで降りればいいのか??

一歩踏み出そうと前のめりになった体。服をツンと後ろへ引っ張った盗賊少女は風がないのにスカーフを漂わせていた。俺を引き留めて、彼女は出ていく。肩越しに言われた台詞はエレベーターよりも頭に残った。

「降りるなよ。何を見ても、絶対に」

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