方舟エレベーター⑦(完)

もうどれだけ走ったのかわからない。人数は1人、2人と減り俺と金髪だけになった。交代して俺が跡をつけ続けているナイフももうボロボロで2度と役に立たないだろう。
だが唯一の希望はまだ同じ道を通っていないということだ。
近づく死は人を飲み込む度に遅くなっている。歩いてもよかっただろうが、そうした場合もう1度走り始めることができない気がした。歩いているのと同義でも体を弾ませろ。

「あ」

それを目にした途端口が開いた。ノートだ。ノートが落ちている。あの男のものに間違いない。帰ったらお礼を言わなければ。あなたの置き土産に救われたと。そうだ。体は器なんだ。魂を見分けるための。

「ここを曲がればエレベーターだ!」

ノートに気がつき、先に活力を得た俺は前を走っている。エレベーターはまだあった。時間はそれほど経っていなかったというのか。それともここは終着点なのか?
ぽつぽつと存在していた灯篭の数が増えていく。明るい。

「おい!もうす...」

金髪の表情は恐怖と必死さで満ちていた。
目は死んでいない。だが大量の汗をかき、歯を食い縛り、顎を上げてまで懸命に走っている。
諦めたくない。

俺は金髪のすぐ後ろにあるものに気がついた。だからこそ前を向いた。死は不意に訪れる。
死の要因は1つではない。つまり、死は1つとは限らない。
金髪を追うあれはさっきの死とは別物だ。しかもすごい勢いで迫ってきている。

エレベーターはすぐそばだ。助かる!

「まっ...」

激しい音ともに俺は床に倒れこんだ。荒い息。肺が痛い。頭も痛い。足の感覚がない。バグバグと心臓だけが激しく動く。
ああ、生きている。

「大丈夫か?」
首だけ動かす。後ろには何もなかった。あの洞窟も。
上半身を持ち上げるが足は動かない。前も壁。横も壁。後ろも壁。俺はアシカのように体を動かす。

俺は己の罪を知ってしまった。
床に落ちた誰かの腕。俺が倒れた時に聞こえた音は地面に衝突した音ではない。エレベーターが閉まった音だ。
俺は知らなかったが、彼は知っていたから「待って」と言ったのだ。

腕が崩れて灰になっていく。金髪が死んだ。俺が殺した。
密閉空間で誰にも届かぬ叫びを響かせる。誰もいないエレベーターの床を叩き続ける。
人を殺した。
人の死を見た。
自分が助かりたかった。いつでも!
俺は助かった。無知だったから!偽善があったから!
見て見ぬふりをしたから!!
誰にも!手を差しのべなかった...
「死にたい。」

「...君も乗るのか?」
「え?」
「ここは初めてか」
「そうだけど。おっさん誰?てか何者?」

「...1つだけ伝えておこう。絶対に降りるなよ。何を見ても。」


通勤時 前を歩いていたサラリーマンが持つ蛇革?の鞄から着想

思っていたよりも長くなりました!ありがとうございます!

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