方舟エレベーター⑥

進んでいくと逃げていくの違いは感覚の問題だ。逃げることは別の道へ進むことだから。俺たちの中で唯一の女性は遅れをとり始めていた。

「しっかりしろ!」

金髪が声をかけるが彼女の目はエレベーターの中と同じように虚ろに染まりつつあった。そして走るのをやめる。俺もようやく振り返った。闇だ。迫ってきているのは物として存在しない。だが暗闇とは異なり存在感がある。

「また、やり直すだけでしょう?」

彼女は生きることを諦めた。闇に飲まれゆく中で俺は俺を導いてきた灰の煌めきを見る。ああそうか。これは闇ではない。具現化した死だ。人を恐怖に陥れる。迫り続ける。そして、本当の苦しみの中で生き続けるものにとっては救いに思えるものだ。
悲しげに微笑む女性。ここは死の間。

「エレベーターに乗るしかねえ。」

金髪は希望を捨てていなかった。別の男が問う。

「戻ることなんてできねえだろ!」
「回り道をすればいい。最初の分かれ道左にも道があった。そこから3つの道を右に進んだ。左に曲がって、右に曲がり続ければ入口にたどり着くかもしれない。」
「だがその方法では同じ場所を永遠に周り続ける可能性があるぞ」
「ならこうしよう。」

金髪は武器として持っていた小型ナイフを洞窟の壁に当て、跡をつけながら進む。勿論進むのも遅くなるが、死は思ったほど早くない。

「おっさんは知らねえだろうが、1つの間はそれほど広くねえ。これは持久戦だ。」

金髪は俺以外の者に目を向ける。

「伝えるんだ。この間の存在を」

憧れを抱くのは、勇敢だからではない。
彼が最も生きることを望んでいたからだ。

俺たちは死なないのに生きたがっている。

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