第40回 声のかたち


日本人女性の声は世界で一番高いそうである。
確かに「いらっしゃいませ〜」と声をかけてくる店員さんの声の高さは近年とみに上昇傾向であり、特に若者向けのアパレルの場合、声の高さ・声の調子に加えその内容まで判で押したように同じことが多い。以前はそのような高く幼い声はアニメ声などと呼ばれて、アニメの世界だけの特殊なものと思われていた。それが最近では特に奇異には感じられないほど、普通の生活の中でも声の高い女性が多くなっている。

「頭のてっぺんから声を出す」という表現があるほど、以前は高い声はあまり良い印象を持たれていなかった。高い声は幼さの表れであり、仕事などの社会的な場面に於いてはそぐわないとされたものであった。私も診察の時などは、意識的に低めのトーンで話すようにしている。ちなみに私の声はなぜだか犬猫が眠くなる声らしい。話しかけると犬も猫も、お目々がしぱしぱになってうつらうつらと閉じてしまう。
日常的な場面でもあまり高い声は聴き取りにくい。声が高くなればなるほど母音は発声しにくくなるそうだ。声は高さに応じて、実声、ミックスボイス、ファルセット、ホイッスルボイスと分けられる。一番高域のホイッスルボイスでは母音は殆ど発声できないので、最早何を言っているのかはわからず、音としてしか聴き取れない。
普通の会話の声の高さは、世界標準では男性が110Hzで女性が220Hzだそうだが、日本女性の場合230から240Hzだったところを、今では350Hz以上に上げて話しているとのこと。これはいくらなんでも高過ぎる。日本と反対にドイツ女性の声はどんどん低くなっているとのことで、いまや165Hzと男性並みの低さである。日本では女性だけでなく男性の声も高くなっているので、日本人男性とドイツ人女性の声の高さはほぼ同じくらいだろう。

ではなぜ日本人女性の声は高くなり続けているのか。
80年代バブルの頃、女性の声は低かった。アナウンサーを例にとると顕著にそれがわかるのだが、その頃は低めの聴きやすい声の女性アナウンサーが多かったものだ。これは明らかに女性の社会的地位の向上と関係があると言われている。男女雇用機会均等法の成立に伴い、女性の社会進出が盛んになったのが、ちょうどこの頃だ。ちなみにドイツ人女性の声が低くなっているのも、女性の社会進出が進んでいるからという理由が挙げられるそうだ。現在の日本の女性アナの声は、高く緊張したものが多くなっているが、地声ではなく、無理をして高く発声していることが多いため、余計に聴き辛いと感じる。
そんな無理をしてまでどうして高い声を出さなければならないのだろう。ひとつの大きな理由として、この国に於ける幼さに価値を置く傾向をあげることができる。しかし未成熟であるというのは保護すべき存在であるということであり、保護する側から対等ではない下位の存在とみなされていることは明らかだ。だから子供のような高い声は「可愛い」が、落ち着いた低い声は「可愛げがない」と言われる。
高い声を無理してまで出すのは、生理的要因ではなく社会的要請によるものなのだ。

少女だからといって、高い声を出さないといけないなどということがあるわけがない。
それなのに映画やTVドラマの吹き替えでは、少女と言わず女性全般で、判で押したように元々の声とは似ても似つかない高い声にされていることが多い。せっかくの格好良い「グロリア」の吹き替えが高い声では台無しだ。
少女だって低い声から高い声までいろんな個性があっていい。
ドスの効いた声の少女というのも、格好良いではないか。


登場した映画:「グロリア」ジョン・カサヴェテス監督(1980年作)
→英語の授業で字幕無しで観せられたので聞き取るのが大変だったが、ジーナ・ローランズの落ち着いた声とハードボイルドなその振る舞いに痺れた。
今回のBGM:「Pure Heroine」by Lorde
→ニュージーランド出身の気鋭の歌姫。フレンチロリータのウィスパーヴォイスもいいが、このように正統的な剛性感のあるアルトも良いものだ。

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