第4回 スキニー・リトル・ビッチ


コートニー・ラヴをご存知だろうか。
ニルヴァーナのフロントマンであった故カート・コバーンの妻にして、稀代のビッチと言われた女性である。
グルーピーとして頭角を現し(というのも変な書き方だが)、カートと結婚してからは数々のバッシングを受け、そしてカートが自殺した後も裁判で負けて娘の親権を取り上げられたりと、何かとお騒がせの存在であるコートニーを「少女」と言ったら、不謹慎だと思われるだろうか。

コートニーはカートに出会う前から、自分でもHoleというバンドを主催していた。Holeは何回かの活動停止を経て2002年に一度解散しているのだが、2010年に「Nobody’s Daughter」というアルバムで1枚だけの復活を遂げている。
このアルバムはまずジャケットのセンスが素晴らしい。なんといっても首から下だけのアントワネットの肖像だ。あとはレディ・グレイにアン・ブーリンといずれも断首された女性の画と、血だらけのガラスの靴など、中二病かというような病んだモチーフが散りばめられている。
そして全部の曲の歌詞にも、誰にもわかってたまるか/誰かにわかってほしいという、アンビヴァレンツで壊れそうな少女の叫びがそこかしこに隠されているように感じられるのだ。他者や世間と折り合いがつけられず、暴力的な衝動に任せて嵐のように生きるしかなかった少女の叫び。
ドラッグやゴシップクイーンとしての彼女の姿ばかりクローズアップされがちだが、コートニーは実はカワイイものが大好きだ。以前来日した時には原宿でロリィタファッションに大はしゃぎしたり、少女漫画『NANA』の作者である矢沢あいに頼んで日本版のジャケ画を描き下ろしてもらったりしている。そのダーティなイメージとは裏腹に、彼女の中にはいつも少女が息をひそめているのだと私は思う。

ヒステリック・グラマーというブランドのデザイナー・北村信彦は、個人的にも友人であるコートニーをモチーフにした作品を作り続けている。
若き日の天使のようなという形容がぴったりのコートニーもいいが、それなりに歳をとった現在の姿もいい。やさぐれてよれよれであっても、そこにはいつも膝を抱えた小さな痩せっぽちの少女がいるから。
だから今日も私はコートニーのTシャツを着て街に出る。
誰の娘でもない、と胸をはって。


登場したブランド:「ヒステリック・グラマー」
→世界中のロック・ミュージシャンから愛されている日本のファッションブランド。ローリングストーンズやプライマルスクリームなど実際のバンドとのコラボも多い。
今回のBGM:「Nobody’s Daughter」by Hole
→ダミ声でシャウトするコートニーはロックだ。その生き方も含めて。


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高柳カヨ子

精神科医/元法医学教室助手/少女批評家/Bunkamuraギャラリー「新世紀少女宣言」キュレーション/『夜想ーゴス特集』インタビュー/『夜想ー少女特集』評論/『S-Fマガジンー伊藤計劃特集』アーバンギャルド論/パラボリカ・ビス「アーバンギャルド10周年記念展」キュレーション

少女主義宣言

少女とはなにか。少女であるとはどういうことか。 あらゆる時代と時間を超えた少女たちに捧げる少女論。 「不在の少女」を探して言葉の森に分け入る試みを始めよう。 ヘッダー:「あのコになりたい」宮本香那作
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